スターティング・オーバー

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        今年もこの日がやってきました・・・・・

 
 12月8日は67年前の真珠湾攻撃の日であり、28年前のジョン・レノンの命日
でもあるのです。

こうした悲劇はもう繰り返してはいけません――人類が争うことなく平和で穏やか
に過ごせたらどんなに素晴らしいことでしょうか。
ジョンが名曲「イマジン」で歌ったユートピア精神をひとりひとりが心のどこかに
持ち続けることで、少しずつ「理想」へ近づいていけるのかも知れませんね。

今回は多くを語る必要はありません・・・28年前、ジョン・レノンが再出発を果たした
ヒット・ナンバー2曲じっくりと聴こうではありませんかっ!!

 
          ♪ Starting over.

                      ♪ Woman.

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アーティスト:ジョン・レノン,YOKO ONO,ジョン・レノン&ヨーコ・オノ
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プロフ ― ④ ジョージ

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          「イラスト ― グレッチはジョージのお気に入り」
 
 
 
 さて、今回は以前よりみなさんからのリクエストが多かったジョージのプロフ
です。 ジョン、ポール、リンゴ~と順次アップしてまいりましたが、ジョージに
ついては来年2月の誕生日・・とかなり遅れて記事になるような予定でした。

 
 しかし、先月から何通もジョージのプロフについての早期アップを
依頼するメールをいただき、今回の掲載となりました。
 最近仕事の多忙で、あまり部屋でゆっくりとイラストを描くことが難しい
日々が続いており
、すぐにご期待に応えられる状態ではありませんでしたが、
今回もみなさんの熱いメール(笑)に後押しされ、なんとか?描き終えました~
 応援してくれるみなさんへ改めて感謝を申し上げたいと思います!
                    (またしてもマンガっぽいですが・・・汗)

                   (以下、ビートルズ・マンスリー1985年3月号より)
 
   ☆ ジョージ・ハリスン

  生年月日:1943年2月25日(24日とも)
  身  長 : 5フィート11インチ (180.5cm)
好きな食物 : ラムチョップス、ポテトチップス
 好きな色 : 黒、ブルー
   趣  味 :車、ドライブ
 嫌いな物 : 散髪、砂糖抜きの紅茶、夜の長距離旅行
好きな歌手: アーサー・キット、カール・パーキンス、
        リトル・リチャード




 と、おそらくデビュー当時の取材でのデータだと思いますが、若干20歳
ほどのジョージの返答はシブいですよね~~っ!

身長に関しては、ステージでブーツを履くので6フィートだと主張したとか(笑)

 ジョージは楽器はもちろん、ファッションにもこだわりがあったそうで、
後期のジョンとジョージの個性あふれるファッションは、当時の若者に
音楽とともに支持され影響を与えたそうですね。
 ホント、ナイスガイな4人の集団「ビートルズ」です♪

Till There Was You. (若きジョージのナイスなプレイ!)

                    2008・10・17   ― ショーン


<参照~これまでの3人のプロフ記事>

 ☆ジョン・レノン   ☆ポール・マッカートニー  ☆リンゴ・スター

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プロフ - ② ポール

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                  ハッピー・バースデー、ポール!!(マンガ風)

 今日6月18日はポール・マッカートニーの66回目の誕生日であります!
最近のポールはあのへザー・ミルズとの離婚や新恋人?の話題で注目
されていましたが、やはりポールは今は亡きリンダが一番のパートナー
だったのだと思います。(哀)

 さて今回はジョンのプロフに続き、ポールのプロフィールを改めて記事に
したいと思います。 前回のジョン同様、データは「ビートルズ・クラブ」の
月刊誌 ―― 85年3月号からの引用となります。

       本名:  ジェームズ・ポール・マッカートニー
    生年月日: 1942年6月18日
       身長: 5フィート11インチ(約180.5cm)
       体重: 11ストーン4ポンド(約71kg)
    好きな色: 黒
 好きな食べ物: ステーキ、チキン、ミルク、コーク
       趣味: 作詞・作曲
    嫌いな物: ヒゲソリ、南部風チキン
   好きな歌手: チャック・ベリー、レイ・チャールズ、ペギー・リー

 
 と、趣味が作詞・作曲とはさすが?でございます・・・(笑)
ヒゲソリが嫌いというのも意外な感じですね。

永遠のベビーフェイスであるポールも年を重ね、ワールド・ツアーも
それは大変だろう~と思いきや、昨年のツアーの様子を見ると
往年のビートルズ・ナンバーを同じキーでいとも簡単に歌っているでは
ありませんかっ!!
ただでさえビートルズ・ナンバーはキーの高い作品が多く、聴くのと
歌うのとでは全く違います~!(←断言・・笑)

私はカラオケではキーコンをフルに使い(汗)、かなり下げて歌うので、
友人たちからは 「なんか別の曲みたい・・・」と感心されております(哀)。

 ポール、いつまでも健康で素晴らしい歌声と作品を発信して下さい!

  ☆それでは懐かしい「イエスタディ」の映像を~♪    こちら
   (1966年の来日時の武道館での熱唱)

  ☆こちらも有名なアコースティック・ヴァージョン♪   こちら
    (ジョンとジョージのユーモアにも注目!)   

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ビートルズ・ベスト30

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  前々回の記事「ブログ記事ランキング」がおかげさまで好評とのメールを
たくさんいただき感謝しております。
私自身、過去のエントリー(記事)をふり返るいい機会となりました。

 さて、「ランキング」に味をしめた(?)わけではありませんが、昨年、私なりに
ビートルズのベスト50をまとめてみました。
プロフにも掲載しております「ビートルズ・ベスト50」の冊子より、今回は
そのうちの「ベスト30」を発表したいと思います。

もちろん、私個人のベスト30でして、皆さんそれぞれのランキングとは
多少なりとも(?)異なると思いますのでご了承下さい。それでは――
 
私の思い入れの深い「ビートルズ・ベスト30」をご紹介しましょう♪

 
☆1:
 In My Life 
    (哀愁あるメロディとワードが最上の形に)

  2: Let It Be
    (荘厳で深みのある名曲、間奏も素晴らしい)

  3: Please Please Me
    (初期で最も新鮮で刺激的なナンバー)

  4: She Loves You
    (初期のトレードマーク“Year”が印象的)

  5: Something
    (ジョージの集大成のようなラブソング)

  6: Here, There And Everywhere
    (“メロディメーカー”ポールの哀愁バラード)

  7: Help!
    (キャッチーなメロディにジョンの心の叫びの妙)

  8: A Hard Day's Night
     (ジョンのドライヴした絶品ヴォーカル)

  9: Here Comes The Sun
    (太陽が昇る爽やかなイメージが完璧)

 10: Hey Jude
    (ポールの動と静が渦巻くスタンダード)

 11: Nowhere Man
    (塊りのように円熟した名コーラス)

 12: Martha My Dear
    (クラシカルで上品、愛らしい曲)

 13: If I Fell
    (恋におちたら、聴きたくなる !? )

 14: Oh! Darling
    (どこか懐かしい、ソウルフルなナンバー)

 15: Ticket To Ride
    (独特なリズム・パターンに哀愁のヴォーカル)

 16: Rain
    (リンゴの素晴らしいドラミングと革新性のある曲調)

 17: All My Loving
    (宇宙から降ってきたような不思議なナンバー)

 18: Strawberry Fields Forever
    (創造性、革新性、精神性、現代でも異彩を放つ名曲)

 19: I've Just Seen A Face
    (ポールお得意のトーキング調ブルーグラス風ナンバー)

 20: This Boy
    (リンゴのテーマとも呼ばれる、美しい三声コーラス曲)

 21: Yes It Is
    (This Boyをさらに進化させた三声コーラスの隠れた名曲)

 22: Ask Me Why
    (ジョンの独創性を感じる初期の鳥肌ナンバー)

 23: The Night Before
         (ソールズベリー平原で唄う映画のシーンを思い出す)

 24: I Feel Fine
    (世界初?フィードバック入り、ポップロック・ナンバー)

 25: Girl
    (ポールの“Michelle”と対比される隠れた名曲)

 26: I'll Follow The Sun
    (シンプルながらメロディアス、愛らしい作品)

 27: Lady Madonna
    (原点回帰、軽快な50年代ロックンロールの調べ)

 28: Norwegian Wood
    (シタールを用い、無国籍風な雰囲気が漂う)

 29: A Day In The Life
    (芸術的なエンディングの衝撃と余韻)

 30: Taxman
    (革新的なベースプレイ、骨太なサウンドが素晴らしい)  
 

以上の結果になりましたが、彼らの名曲に順位はさほど

意味がないのかもしれませんね。

その日の気分で多少選曲が変わってくるからです。

それは「名曲ぞろい」のビートルズならではのもの。

こんなスーパー・バンドは今後出現するのでしょうかっ!!(汗)

      

  皆さんのビートルズ・ベスト30(またはベスト3)は何でしょうか?

                          ―― ルーシー ――

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プロフ - ① ジョン

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         「イラスト ― 愛器リッケンバッカーを弾くジョン」

 今回はみなさんから何通もいただいた「ビートルズについてのご質問」
について私の知っている範囲でお答えしたいと思います。
       (とはいえ、私自身たいしてデータも知識もありませんが・・汗)

彼らについてはこれまで星の数ほどの書籍・研究本が発行されており
解散後38年目の今日でさえ、まるで現役のグループのように毎月
                        (それ以上に)
なにかしらのビートルズ関連の書籍を本屋さんで見かけるのです。

 それでも彼らは「謎めいた」存在であり、毎年のように目からウロコ
の「発見」や「暴露」(?)など話題が尽きません。
また、意外に知られていない基本的(?)なことも多く、彼らのちょっとした
プロフィールを今回から(ときおり)ご紹介したいと思うのです。

 その前に、まずは彼らのファン・クラブについてお話しますね。

ビートルズが来日した1966年、日本でも彼らのファン・クラブが
発足しました。 有名なビートルズ・シネ・クラブです。
                (シネとは映画のシネマから由来)
現在も公認ファンクラブ「ビートルズ・クラブ」として幅広く活動
されています。 私も中学生の頃(1983年)からの会員で、のちに仕事の
都合で途中一時退会しましたがその後復帰し、かれこれ20年お世話に
なっている素晴らしいファン・クラブなんです。
毎月送られてくる月刊誌(80ページのモノクロ&カラー)は現在の
メンバーの近況やビートルズについての研究、そしてメ会員のページ
など多彩で充実した冊子となっていて、毎月楽しみな会報なのです。
 (私の部屋にも通算200冊以上のマンスリーが揃っていますよ~)

 そんな素敵な月刊誌も先月号で通算400号達成という偉業
現在も進行させています~いやぁ、スタッフの方々には感謝で
頭が下がります、400号おめでとうございます!(祝)


さて、それではメンバーの簡単なプロフから・・・・・
やはり初回は実質的なリーダー~「ジョン・レノン」からです♪
下記のデータは「ビートルズ・クラブ100号」からの引用となります。
          


     本 名:  ジョン・ウィンストン・オノ・レノン
   生年月日:  1940年10月9日
     出生地:  リヴァプール・ウールトン
      学 校:  クォリーバンク中学校
           リヴァプール美術学校
     身 長:  5フィート11インチ(約180.5cm)

好きな食べ物:  カレー、コーンフレーク
           ステーキ、ポテトチップス
   好きな色:  黒
     趣 味:  絵や本を書くこと
   嫌いな物:  トラディッショナル、ジャズ
           話の下手な人
  好きな歌手:  エルヴィス・プレスリー、
            リトル・リチャード 

             
             「ビートルズ・クラブ・マンスリー1985年3月号より」

 
 いかがでしょうか、ご存知の方も多いと思いますが、珍しいジョンの身長や
 カレー好きなデータ、そして趣味に「作曲」が入っていない(!)というのも
 ポールとは対照的で面白いところですね~。ただ、おそらくこのデータは
 デビュー間もない頃のものだと思いますよ――。

それでは最後に彼らの初期のライヴ映像から~、
          
     ☆ She loves you.
         

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 ジョン・レノ ン

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          「イラスト - ジョン・レノンとオノ・ヨーコ (1980年)」

   今回は私がブログを始めたきっかけ(?)でもあります、
元ビートルズの実質的なリーダージョン・レノンについて話したいと思います。
   (もうすぐ生誕66周年でもある)
有名すぎる(!)彼については皆さんの方がよくご存知だと思いますので、生涯や
エピソード紹介という普段のスタイルではなく、純粋に私が好きなビートルズ・ソングス
(今回はジョン中心で、ソロ作品も含む)を選曲してみたい~と思いました。
今回はこういった主旨ですが、どうぞお付き合い下さいませ~。

とは言っても、簡単にですがジョンの生涯をたどってみましょう。

 1940年10月9日、時は第二次大戦真っ只中――激しいドイツ軍の
空襲の最中、ジョン・ウィンストン・オノ・レノンはイギリスのリヴァプール
に生まれました。 
10代で愛する母ジュリアとの別れやポール・マッカートニーとの運命的
な出会いを経て、1962年10月5日にメジャー・デビューします。

 
1964年2月にはアメリカへ上陸し、ビートルズ旋風と呼ばれる爆発的
な人気で世界的なロック・グループとなります。

  当初、彼らはその個性的なルックスからアイドル視されていましたが、
発表するアルバムのたびに型破りな名曲を連発し、もはや彼らは
アイドルと呼ぶ範疇にはなく、ポップ・ロック史上最高のアーティスト
評され現在に至っています。 
 





1970年に解散してからも幾度となく再結成が噂されましたが、
1980年の記憶に新しいジョンの死により永遠にその可能性は
閉ざされたのです――。
2001年にはリード・ギタリストであったジョージ・ハリスンも亡くなり、
遺族やファンには辛い出来事となりました。 
                  (ジョージ・ハリスンの記事参照

 しかし、彼らの約7年という短い活動期間で残された200曲を超える
作品は、我々リスナーをはじめ世界のさまざまなアーティストに影響を
与えます。 また、ビートルズの存在そのものや各メンバーの個性、
生き方といった音楽以外でも国境や人種を容易に越えるのでした。 
 これは、単にいちアーティストとしてではなく、彼らをとりまくすべての
物事がひとつの大きな現象
として存在し、「ビートルズ台風」という
文字通り塊りとなって生き続けているかのようです――。  
                   (来日記念の記事参照)

 1966年11月にジョンはオノ・ヨーコと出逢います。 
以来、その二人の関係や活動を非難する声もありましたが、
1975年10月9日(ジョンと同じ)に息子ショーンを授かると、
“ハウス・ハズバンド”として音楽業界から遠ざかります。
 しかし、幼いショーンの「パパはビートルズだったの?」という言葉を
きっかけ(と言われている)に、父ジョンは再び音楽活動に入るのでした。

 私はジョンがヨーコさんと会ってからの愛と平和(ラヴ&ピース)
テーマとするさまざまな活動も興味はありますが、やはり音楽家として
のジョン――デビューからサード・アルバム(ア・ハード・ディズ・ナイト)
にかけてのビートルズとしてのジョン・レノンが好きですね~! 
疾走感あふれる彼の艶のある力強いヴォーカルは、今でも新鮮で
聴くたびに鳥肌が立つのです。

 それは驚異のデビュー・アルバム
            「プリーズ・プリーズ・ミー」から感じます――。
1963年2月11日に行われたレコーディングは、この日の10時間に
10曲を収録する
(!)という前代未聞のスケジュールでした。
                  (あ、ありえない・・・大汗) 
そのためライヴの勢いのような、 ほどよく粗削りなノリを感じる仕上がり
 になったのでした。 

 オープニング・ナンバーの「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」
ポールのカウントで始まりますが、それは同時に彼らビートルズの
類まれな歴史のはじまりのカウントでもあったのでした。 
このアルバム中 特筆したいのは、「アンナ」「アスク・ミー・ホワイ」
そして「ベイビー・イッツ・ユー」で聴かれる若きジョン・レノンの“成熟した”
ヴォーカルです。 当時若干22歳の青年とは思えない~
            なんと艶のある素晴らしい歌声なのでしょう!
 
 彼はデビュー当時すでに完成されたトップ・ヴォーカリストだったのです。
同年のリンゴ・スター以外のポールやジョージはまだあどけなさが残る
印象ですが、当時のジョンに限っては突出して “大人”だったのでした。 
そして圧巻は、ラストの「ツイスト・アンド・シャウト」でしょう~。

 それから8ヵ月後、セカンド・アルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」
リリースされます。 これもまた初期ビートルズを代表するサウンドですが、
一歩前進して洗練された印象ですね。
今回はジョン中心の記事ですのでピック・アップすると、オープニングの
「イット・ウォント・ビー・ロング」「オール・アィヴ・ガット・トゥ・ドゥ」
「ユー・リアリー・ガッタ・ホールド・オン・ミー」「ノット・ア・セカンド・タイム」
にラストの「マネー」でしょうか。 いやぁ~すさまじい怒涛のレノン・ヴォイス
の雨あられ(笑)です~。 
ある本には「初期ビートルズ・サウンドはジョン・レノンのヴォーカルで
彩られている」なんて表現もありましたが、同感です~
           ジョンのニオイぷんぷんって感じです、ハイ。

 さらに8ヶ月後、ジョンのベスト盤(個人的にです)とも呼べるアルバム、
「ア・ハード・ディズ・ナイト」が発表されます。 私も最初のころは、
ジャケットの雰囲気やサントラというイメージが先行して「よくあるサントラ」
を勝手に想像していました~が、しかし、しかしです
それぞれの曲がまたスゴイこと~っ!(興奮してスミマセン・・笑)

 同名映画タイトル・ナンバー「ア・ハード・ディズ・ナイト」に始まり
「アイル・ビー・バック」に至る13曲は、まるで一陣の風のごとく
駆け抜けます~疾走感を一番感じる名盤ですね。
13曲中10曲がジョンの作品で、当時あれほど多忙なスケジュールの中で
一体いつ作ったの?(笑)と単純に驚いてしまいます。
 モーツァルトなどの大作曲家にも通ずる、やはりジョンもポールも
メロディや詩が湯水のごとく湧き出る天才なのでしょう。

 このアルバムはどの曲もレベルや評価が高いと言われています
     が、(どのアルバムもですが・・・)
「ア・ハード・ディズ~」「イフ・アイ・フィル」(恋におちたら)
「エニィ・タイム・アット・オール」「アイル・クライ・インステッド」
「ユー・キャント・ドゥー・ザット」は特に素晴らしく(ジョンの曲でですよ~)、
ドライヴやカラオケ(笑)ではよく聴き歌うナンバーですね!

 ~と、ほとんど私の勝手な曲紹介(?)となりました~もちろん、以降の
「ビートルズ・フォー・セール」「ヘルプ!」「ラバー・ソウル」
「リヴォルバー」「アビィ・ロード」まで、まばたき出来ないほどの加速で、
ビートルズは「進化」し名曲をこれでもか~と増産していきます。  
タイムマシンがあれば、私もリアル・タイムで彼らの新作を聴いて
 みたかったですね~。 
ビートルズは音楽以外でも魅力的です。 インタビューなどでのユーモア
あふれるコメント
は、当時のアイドルという概念からはとても考えられない
知的でシニカルな発言をしました。 
             (特にジョンとジョージ)
Nec_0083_2 また、ビートルズのギター・プレイもそれぞれ個性的
で、ジョンのリズム・ギター(サイド・ギター)も数々の
名演を披露しました。 彼のプレイはヴォーカルや
楽曲を引き立たせる「生きたプレイ」が持ち味で、
フィーリング豊かな唄うギターですね~。 
ヴォーカル同様、とても譜面には表せない“ノリ”に
包み込まれています。 

 解散後のソロ作品では、有名な「イマジン」
もちろん、「ラヴ」「ウーマン」「ジェラス・ガイ」
「マインド・ゲームス」そしてクリスマス時期にには欠かせない
「ハッピー・クリスマス」が好きですね~。 
皆さんご存知のように、ビートルズ後期から晩年はシャウトというより
「じっくりとささやく」ヴォーカルがメインになりました。

       ――再び音楽活動を始めた1980年――
11月にリリースされた「ダブル・ファンタジー」は世界の注目を浴び、
ジョンは見事に“復活”したのです。
しかし、その矢先の翌12月8日、ジョンは狂信的なビートルズ・ファン(?)
と言われるマーク・チャップマンによる5発もの凶弾に倒れるのです
     ――自宅であるダコタ・ハウスの玄関付近で・・・・・。

 その衝撃的な事件・・悲報はまたたくまに世界を駆けめぐりました 
その凶行は、チャップマンの単独犯説や、大統領に匹敵するほどの
影響力を持つとも言われたジョンを恐れる勢力による犯行とも
ささやかれました。 
しかし、ただひとつ言えるのはジョン・レノンが亡くなってしまったという
取り返しのつかない事実でした。 
  元ビートルズのスーパー・スターであり、ヨーコの夫、そして
ショーン(ジュリアンと)の父親がその夜、理不尽な行為により
 その生命を突然奪われてしまった
のです。 

  自由の国アメリカ、ニューヨークを愛したジョン・レノン――
皮肉にもその自由という象徴でもある「銃」により命を奪われた
彼に対し、当時アメリカ国民の大半が 「ジョン、ニューヨークそして
アメリカを嫌いにならないで・・・」という祈りにも似た感想が載った記事を
雑誌で見た記憶がありました。 
 1981年の春からは、日本を皮切りにツアー計画の予定もあった
   というジョン――
 彼は永遠に40歳のまま・・・伝説となってしまいました―――

 
  ジョンを敬愛する日本のトップ・アーティスト達が集い、彼のナンバー
を歌い上げる「ジョン・レノン・スーパー・ライヴ」が今年で6回目を数えます。
 2001年から昨年までの5回の収益で アジア、アフリカの17カ国に54校
の学校の建設が実現しました。 ヨーコの協力のもと、
     ジョンの愛と平和の精神は確実に引き継がれています。
            ――彼の数々の名曲とともに。

     Happy Xmas (War Is Over) (映像)

     ♪ Imagine.

 

        
 Dsc002921_4                 
        

「ひとりで見る夢はただの夢・・・
              みなで見る夢は現実になる」


                     ~ オノ・ヨーコ ~

    「ジョン・レノン・スーパー・ライヴ 2006」

 ☆ 長文記事にお付き合いありがとうございました!
今回の選曲はみなさんにお任せしたいと思います~
よろしければ選曲した曲名の理由やエピソードも
コメント欄へ頂けたら幸いです~♪
  (もちろん、コメントのみでもかまいませんよ~!)

 ※ なお、頂いたコメントはスパム対策
   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。


 

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