十二人の怒れる男

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       「 ただひとり“無罪”を主張する8番陪審員 (ヘンリー・フォンダ)」

 
 ご存知の方も多いと思いますが、2009年5月までに日本でも
 裁判員制度が実施される予定です。 
これは、われわれ一般市民が裁判に関わることで司法への理解と関心が高まり、
これまで以上により迅速な裁判が実現されるという効果
を期待する制度です。 
 国民の感覚が反映される
、といった声も大きいですね。

 実は過去にも日本では昭和3年(1928年)から15年間、陪審法による
「陪審員制度」が行われていました。 当時の陪審員は一定額の税金を
おさめた30歳以上の男性から選ばれた12人で構成されていました。
 しかし裁判官が陪審員の出した結論に拘束されることはなかった
 
そうですが・・・。 

  残念ながら凶悪な犯罪が後を絶たない昨今、その犯罪を裁く
裁判も比例し増加傾向にあります。  そのような場面に私たちが
選出され召集される可能性が、今回の裁判員制度の導入により
現実のものとなるのです。 
“その日” がいつ訪れてもいいような心構えは必要かも知れません
なぜなら私たちの評決がその容疑者(被告人)の命を左右する場合が
当然ながらあり、冤罪(えんざい)の可能性もまた
                       ゼロではないのですから・・・・・。

 そうした「人が人を裁く」という 市民による評決を巧みに描いた
有名な映画があります。舞台はほぼ全てが陪審室という一室のみ
――その「法廷もの」とも呼ばれる作品の中でも名作とうたわれている作品、
―― 「十二人の怒れる男」(1957年―監督※シドニー・ルメット
       のあらすじを一部ご紹介しましょう――


   ――― あらすじ ――― (一部)

 
 真夏のニューヨーク――ある法廷で父親を殺したとされる少年の裁判が
行われている。 目撃者による証言が終わり、傍聴していた陪審員たちに
よる最終審議がこれから行われようとしていた。 
法廷から場所を移し、狭苦しい陪審室に集まる十二人の男達。
彼らは今回の陪審のために召集され、互いに顔も名前も知らないのだ。

 ただでさえ暑い真夏なのに、その部屋の扇風機は故障なのか動かない。
 そんな環境も手伝ってなのか、“偶然” 召集された彼らの大半は不満を
あらわに しはじめる。
 ある者は
「子供が親を殺すなんて――いくら弁護したってムダな努力さ。」
 
と言い、またある者は
「今夜ナイターに行くんだ、早く終わらせよう。」と言う。 
「殺人事件の陪審でよかったよ、傷害や窃盗じゃ退屈だからね。」
 
と言う者までいる始末。 こうした無責任な発言が続く――。

 みなそれぞれ職を持ちそれなりに忙しい、早くこの密室から解放されたい
のだ。 男達は検察側の主張に同調し、どうやら “よくある殺人事件” として
「有罪」の評決を出そうと急いでいた。
そして不満をもらしながらも1番から12番まで順番に着席した。
少年の犯罪についていよいよ審議が行われるのである。
 
  ――法律上、十二人の評決の一致が必要である――

 はじめに挙手による決がとられた。 
  「有罪だと思う方は?」 ――11人の手が上がる。
なんと無罪はただひとり、8番陪審員ヘンリー・フォンダ)だけであった。 
有罪とする11人は予想がはずれ、口々に不満と疑問を彼にぶつける。
 「必ずひとりはヘソ曲がりがいるもんだな。」
 「どうして無罪なんだ?」
しかし、8番の男は冷静にこう言う。
 「私が有罪にすると(評決一致で)あまりにも簡単に少年の刑
 (死刑)が決まってしまう。もう少し話し合いたいのだ。」

 すると、あきれ顔の男たち、
 「何を話し合いたいんだ。」
 「100年話し合っても気は変わらないね!」


そしてその8番の男を説得すべく、男たちは順番に「有罪」と考える理由を
 話しはじめる。
 「少年宅の真下に住む老人が犯行時間に物音を聞いている。」
 「犯行時に観ていたという映画の題名を覚えていないなんて
 おかしい。」
 「向かいの窓から犯行を目撃した女性もいるんだぞ!」

10番の男は 「ヤツはスラムで生まれ育ったろくでもないガキだ!」
  
という偏見に満ちた意見すら理由とした。

 それでも8番の男は引き下がらない、そして言う――
 「状況からすると有罪に見える。 でも、もし目撃者の女性や老人の証言が
 間違っているとしたら? ――人間なら間違うこともあるはずだ。」

 彼はもっと慎重に検証したいと言うのである。

――凶器とされるナイフについても再検討することになった。
 「あの晩に少年が買ったと認めているではないか!」
と、 これについても「有罪側」の主張は検察と同じ意見。
そしてそのナイフが部屋に持ち込まれた。
 「誰かが同じようなナイフで刺したということだってありうる。」
と、8番は他の人間の犯行の可能性を語る。
 しかし、「(こんな)珍しいナイフなんだぞ!」と、
 まるで「少年が刺したに決まっている」とでも言わんばかりの
 「有罪派」。


すると、8番は背広のポケットから同型のナイフを取り出しテーブル
 に突き立てた!
 有罪派の陪審員たちはどよめく――
 「おぉ~っ、ど、どこでそれを!」
 「同じナイフがあったとは・・・」
8番は静かに説明する、
――「少年宅の近くの質屋で買ったんだよ。」 と。
またしても彼は少年以外の犯行の可能性を示すのだった。

ここで2度目の評決がとられた。 
 しかし今度は用紙に無記名での投票である。 
 ――結果、なんと無罪を主張する者がひとり増えたのである。 
ひとり増えたことにより有罪派の10人はにわかに動揺しはじめる。 
それは、すぐにでも帰れそうであった“よくある犯罪”の陪審が長期戦に
なることを意味し、そう単純ではない事件の真相に男たちが徐々に
気付きはじめていることを示しているようだった―――。
                   ・
                   ・
                   ・

  この作品では父親を殺した容疑の少年の罪を確定する重要な
立場としての十二人の陪審員たちの熱い議論が描かれています。
 当初、検察側の主張する有罪弁論を指示していた11人の陪審員たち
ですが、目撃者である老人と女性の証言の信憑性に疑問を抱いたひとり
の陪審員の説得力のある推測
からどんどん主張が
ゆらぎます。      ――疑わしきは罰せず――
 ここにこの作品の訴えたいテーマがあるのかも知れません。 
とかく人間は偏見や思い込み、そして状況証拠には意外にもろく
流されやすい
ということを――。
確かな目で冷静に物事を判断する必要性のあることを――。

 これから実施されようとする裁判員制度――私たちは強い信念と問題意識
を持ち、責任の重さを自覚して新制度に臨みたいものですね。

 とはいえ、人間の強さや弱さ、そして正義感と傲慢さなどの
“人間らしさ” がよく描かれているこの作品は、映画として存分に
楽しめるものになっています。 
何度も観ている方はもちろん、未見の方はさらに興味を持ってご覧になれる
と思いますよ~おススメな作品です! 
週末、お近くのレンタル店で早速探してみてはいかがでしょうか?


 ※ シドニー・ルメット監督は子役で活躍し、その後テレビ・ドラマを中心に
制作していましたが、「十二人の怒れる男」で映画界へ初参加――この作品
の ヒットとともに注目を集める映画監督のひとりとなるのです。 
他の主な作品では、「質屋」(1964年)「セルピコ」(1973年)、
「オリエント急行殺人事件」(1974年)などがありますね。


     < 他のおススメ法廷映画 >

 「法廷もの」と呼ばれる作品は意外に多いですね~、
その中でも私がおススメしたい作品をいくつか挙げてみます♪

・  「情婦」(1957年)・・・・・ワイルダー監督の名作。
・ 「評決」(1982年)・・・・・同じルメット監督による作品。
・ 「12人の優しい日本人」(1991年)
   ・・・三谷幸喜 作・演出による「十二人の~」のパロディ。
・ 「アラバマ物語」(1962年)・・・主演:グレゴリー・ペック。
・ 「推定無罪」(1990年)・・・・・主演:ハリソン・フォード。
・ 「真実の行方」(1996年)・・・主演:リチャード・ギア。

 
☆ 今回の選曲はビートルズのラスト・アルバム「アビィ・ロード」から。
   

 ♪ Come Together.

  (言わずと知れた、「アビィ・ロード」のオープニング曲。
 チャック・ベリーの「You Can't Catch Me」の盗作 !? として
 裁判にもなりましたが、後に和解。)

十二人の怒れる男 DVD 十二人の怒れる男

販売元:20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
発売日:2006/11/24
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 ☆ 「法廷もの」の代名詞ともなっている名作!
   彼ら十二人の熱い議論の行方は・・・・・!?


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  街 の 灯

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        「イラスト - チャップリンとヴァージニア・チェリル」

 今年のはじめの映画紹介は、「街の灯(ひ)」と決めていました。
本当はチャップリンの人物紹介を記事にしようと考えていましたが、大好きな彼の記事はとても一回では収まりそうにありませんでした(笑)ので、中でも好きな作品である「街の灯」を取り上げてみました。
 とは言っても、この映画こそあらためてご紹介する必要のないほど有名で感動的な作品ではありますが・・・(汗)。

 「街の灯」が公開された1931年は、サイレント(無声)からトーキー(発声)映画へまさに移行しようとする時期でした。 1920年代後半から始まったトーキーへの怒とうの転換劇は人々の価値観を揺るがす社会現象にまでなり、時代は一気にセリフ音声と音楽が入るという、より表現豊かな作品を生み出すようになるのです。 

 また、1929年10月24日に起こったニューヨーク株式市場での株価大暴落ブラック・サーズデー)――世に言う「暗黒の木曜日」により経済不況が始まると、やがて世界大恐慌へと広がるという混乱した時期でもありました。 
 (実際、「街の灯」の撮影中にこの株価暴落は起きています)

 そんな時代背景の中、チャップリンはかたくなにサイレントへのこだわりをみせますが、時代の大きな動きの中でさしもの彼もこの作品から一部音楽や効果音を挿入し公開に臨んだのでした。 
 もちろん、不況の影響である失業者の増加という社会風刺もチャップリンはシニカルに表現していますね。

 さて、この「街の灯」をご覧になっていない方は少ないと思います。 おそらく30代以上の方であれば、一度は観た記憶があるのでしょう。 (もっとも、10代の方であれば別ですよ~)
今回はぜひ、全体を通したあらすじでご紹介したいと思います~。
 

 
 原題――「City Lights.」 というタイトル表示の後、「平和と繁栄」というなんとも皮肉っぽい(笑)記念碑の除幕式のシーンから映画は始まります。
 幕が上がるとなんとそこには主人公の チャーリー(チャップリン)がその記念碑で居眠り中~~当然、式典は混乱し(笑)いつものコミカルなチャップリンがいきなり魅了してくれます。

 その日の午後、通りへ繰り出したチャーリーは街角で盲目の花売り娘(ヴァージニア・チェリル)と出会い、彼は美しく健気なその娘にたちまち恋をしてしまうのでした。

その夜――埠頭で腰をおろすチャーリーの前で酔っ払って飛び込もうとする自殺志願(?)の男をなんとか助けたことから知り合いとなった二人は、意気投合して男の屋敷へ向かいます。 
 そう、その自殺志願の男は大金持ちの主人(ハリー・マイヤーズ)だったのでした。 しかし気前のいい彼と友達になったとはいえ、酔いがさめると別人のような人格となるタチの悪い人物でもありますが・・・(汗)。

 さて、花売り娘のことが気になるチャーリー、彼女が経済的に苦しいという事情を知り、手助けをしようと街の掃除の仕事に就きます~必死に金持ちな紳士を演じようとするのです。 
ある日の昼休憩に娘の部屋に行き、買い物してきた食材を届けます。 そしてそこで、“ある医師が盲目の治療に成功” という新聞記事を目にするのですが、同時に 視力を回復したいという彼女の願いもチャーリーの胸に響くのでした。
また、明朝までに家賃を納めないと立ち退きとなる切羽詰った状況も知るのです――

 しかし職場へ戻ると始業時間に遅れてしまい、あえなくクビとなってしまいます。
そこへ荒くれ者の集う裏社会のボクサーへの勧誘があり、チャーリーはその夜試合に臨むことになるのですが・・・結果はノックアウトされてしまいます(汗)。
ここでのチャップリンのムチャクチャなボクシングがまた素晴らしいですね~、殺伐としたリング上で真面目なのかふざけているのか分からない天性の動き(!)で相手を翻弄します。
このシーンだけでもとても有名で印象的な場面~こんなボクシングの試合はいまだかつて見たことない・・・というより今後もないのでしょうね(笑)。

 その後チャーリーは再び酔っ払った金持ち主人宅に戻り、1,000ドルという大金を工面することができますが、運悪く侵入してきた強盗に遭うのでした。 しかも駆けつけた執事に疑われたチャーリーはなんとかその場を逃げ切り、娘に大金(目の治療費)を手渡すことに成功します。 
ところがその帰りにチャーリーは警察に捕まってしまうのでした。


 時は流れ季節は秋―――刑務所から出所したチャーリーは久々に街へ向かいますが、相変わらず子供たちにさえバカにされてはからかわれる始末。 
そんな彼はふと、街角にオープンしていた「花屋」に気付きます。
 なんとそこには―――
      あの花売り娘が店を持ち立派に働いていたのです!

 その少し前、偶然にも花屋の店内ではその娘が祖母に、“親切でまるで王子様のようなあの恩人の紳士との再会を期待する” ような雑談をしていたばかりでした。  そんなこととは露知らず、 立派になっていた娘に見とれるチャーリー・・・
彼の脳裏には、それまでのさまざまな出来事と想いがよみがえっていたのでしょう。
そしてここでもそんなチャーリーに対する残酷なまでの娘のセリフが用意されます――「この人、私に気があるのよ!」 
                         (そ、そんな・・・)
ただ救いなのは、窓越しであるためこの言葉はチャーリーへは届いていないことでしょうか・・・(もちろん、娘も悪気はないのですが)

 娘はそのじっと見つめる “浮浪者” を哀れんで、一輪の花と小銭を手渡そうと外へ出ます。
そして彼の手に触れた瞬間、「ハッ!」 と彼女は気付くのです!
 懐かしいあの手の感触~みるみる表情の変わる娘・・・・・
      
      娘 「あなたでしたの?」

 チャーリー 「見えるようになったんだね?」

      娘 「ええ、見えますわ・・・」

   チャーリーのはにかみながらも見つめる優しい笑顔――
   娘の一瞬の戸惑いのあとの全てを悟った安堵の表情――


それは、治療して戻った視力だけでは見えなかった彼の本当の優しさを感じた素晴らしい場面であり、映画史に残るラスト・シーンでした。 ~どうしても涙があふれますね。
まさに、街角に咲いた一輪の花であり「灯り」だったのかも知れません。
 (その後の二人の展開はもちろん分かりません、我々それぞれの感性でストーリーをつなげていきましょう~)

 時代に翻弄され、浮浪者であっても人間としての誇りと優しさをしっかりと備えたチャーリー。(いきすぎた行動もありましたが・・笑)
弱者に対する無償の愛と援助の実践は、現代に生きる我々へ強烈なメッセージを投げかけます。
 
喜劇役者として出発したチャップリン――社会風刺やヒューマニズム、そして人間愛を満載した彼の数々の作品は、今なお、そしてこれからも世界中の人々に深い感動を与え続けることでしょう。
 まさに20世紀の映画界が生んだ不世出の天才なのです―――

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      ―― あとがき ――

 天才チャップリンの他の作品も感動的で味わい深いものが多いですね~、どれも好きですが、中でも「黄金狂時代」「モダン・タイムス」、そして異色の(?)「殺人狂時代」「独裁者」などなど、不朽の名作揃いです!
彼の制作にかける意気込みは並々ならぬものがあり、ワン・シーンに数時間~数日をかけることもしばしば・・・といったエピソードも数多く、完璧を求めるそのこだわりの込められた中期を代表する
 チャップリン渾身の傑作――「街の灯」でした。



☆ 今回の選曲は、はにかみ屋でなかなか本心を伝えられない
 チャーリーの心境 !?

   P.S. I Love You.

 (初期 ビートルズのセンスあるハーモニーが魅力!)

 

街の灯 DVD 街の灯

販売元:ファーストトレーディング
発売日:2006/12/14
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☆中期チャップリンのエッセンスが凝縮された渾身の傑作!
   感動のラスト・シーンを何度でも感じて下さい♪


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 素晴らしき哉、人生!

Dsc00002_sh012        「イラスト - ドナ・リードとジェームズ・スチュアート」    
    

もうすぐクリスマスです――毎年アメリカではこのシーズンになるとテレビ放映されるという映画があります。 巨匠 フランク・キャプラ監督の1946年作品 「素晴らしき哉、人生!」です。
(※イタリア出身のキャプラ監督は、ハリウッド全盛時に「或る夜の出来事」(1934年)や「スミス都へ行く」(1939年)などのヒューマニズムや社会風刺を表現した作品で知られる。)

 ではなぜクリスマスにアメリカ国民が好んで観る映画なのでしょう~それは、ご覧になった方は納得ですね!
未見の方はこの機会にぜひ、この素敵な作品を大切な人(家族や恋人)とご覧になってみてはいかがでしょうか――

 
    ――― 簡単なあらすじ ―――

 楽しいはずのクリスマスの夜、ジョージ(ジェームズ・スチュワート)というひとりの男が川へ投身自殺しようとしている。 一方、はるか上空の天上界では天使達がそんな彼を見つめていた。
 
 <ここで場面はこの男ジョージの幼少時代からの半生の回想へ>

 ある冬のソリ遊びの最中、誤って冷たい池の中へ落ちた弟を助けたことでジョージ少年は左耳の聴力を失ってしまう。 また、薬屋で仕事を手伝うジョージは、店主の間違った処方に気付き危うく大事になるところを救うといった誠実で優しい少年だった。

 やがて成長したジョージは急死した父の営む住宅金融業で働くが、町には同業いじわるな資産家ポッター(ライオネル・バリモア)が圧力をかけてくるのだった。
そして、ある年のクリスマス――叔父のビリー(トマス・ミッチェル)が8,000ドルという会社のお金を紛失してしまう。 どうしてもその穴埋めを出来なくなったジョージは、人生に絶望して橋のらんかんに立つのである・・・・・

 そんな時に、まだ翼のない二級天使のクラレンス(ヘンリー・トラヴァース)と出会うのだった―――    


 
その誠実で優しい性格ゆえ、ジョージは幼少から貧乏クジを引くようなまるでツキに見放された人生でした。 これでもか、これでもか~と遭遇するさまざまな問題に、観ている我々も一緒に挫折感を共有してしまうほどです。 また、この度重なる厳しい現実の連続には、同情を越え憤りを感じるかも知れません(!?)。

その後、絶望し橋のらんかんに立つ彼には二級天使との出会いが訪れます。 
しかし、天使はそう簡単に彼を光のさす方向へ導くわけではありません。 
二級天使クラレンスはいかに絶望したジョージに笑顔を取り戻そうとするのか――ここからがこの映画のメイン・テーマなのです。 

 この作品の素晴らしいところは、単に人生の大切さをうたっていることではなく、その生の根底にある意味を表現しているところにあります。 
 ひとりひとりの人生が、かけがえのない存在であるということを

 また、誠実で優しい人間が救われるのだ~という安易な結末に進むことなく、人々に考える時間を設けたひねりある演出も見事。


 殺伐とした事件や出来事が増加傾向の現代では、なおさら重要な “生” というテーマ。 生きることの素晴らしさと重要性を一人の
主人公の人生をとおして我々に投げかけるキャプラ監督のこの作品は、一人でも多くの方に観てほしい映画のひとつですね~。
 そう、この映画はクリスマス・シーズンだけではなく、いつでも
  希望を与えてくれる素敵な作品なのです!



   It's a Wonderful Life.

   
☆ ジェームズ・スチュアート関連記事~「裏窓」

 

☆ クリスマスにおススメの他の作品では、

  ◎ 「三十四丁目の奇蹟」(1947年)
  ◎ 「34丁目の奇蹟」(リメイク版―1994年)
  ◎ 「ホワイト・クリスマス」(1954年)
  ◎ 「ジングル・オール・ザ・ウェイ」(1996年)
      などなど、どれもほのぼのとした作品です!

 ♪今回のリクエストは数あるクリスマス・ソングの中でも
     やはりジョン・レノンのこの曲です~~~♪

 ☆   Happy X'mas. (War Is Over.)

    
(毎年この時期になると街中からこの曲が聴こえてくるという  ~ 今やクリスマス・ソングの定番ですね♪)

 

素晴らしき哉、人生! DVD 素晴らしき哉、人生!

販売元:ビデオメーカー
発売日:2005/01/10
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 ☆ 何かに挫折した時、この作品を観ると気持ちが落ち着く素敵な作品です!


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 二十四の瞳

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      「イラスト - 名女優・高峰秀子演じる~大石久子先生」

 明日8月5日は作家・壺井 栄(敬称略)の誕生日です。 
そして、壺井 栄と言えばすぐに思い浮かべる小説がありますね、皆さんご存知の
有名な「二十四の瞳」です。
 昭和三年の時代設定で始まるその小説は、あの忌まわしい太平洋戦争を挟みながらも、小豆島(しょうどしま)の小さな寒村を舞台に力強く生きる先生と生徒の物語
でした。  

 映画監督・木下恵介は、栄の作品~「母のない子と子のない母」(1951年発表)
を映画化したいと考えていましたが、権利が他に決まってしまい実現出来なかった
という苦い経験がありました。 それではと今度は雑誌「ニューエイジ」に連載され
はじめた「二十四の瞳」に注目~映画化すべく、急いで栄に連絡をとるのです。 
 彼の熱意を感じた栄は、映画化に同意します。
      ― のちに、日本中が涙で濡れる名作の撮影が始まるのです ―

 早速、全員が主役でもある二十四人の子役(成長したシーンから登場する子役
十二人を含む)が一般公募され、約3600人の中から選ばれます。    
そして、最も重要な先生役・大石久子には日本的な笑顔の似合う女優・高峰秀子
が抜擢されます。
 
 撮影が始まると、監督・木下は小豆島の自然をスクリーンに残すような配慮も
見せます~撮影はその日の天候を優先に組み立てられ、天気に合ったシーン
を撮っていくという方法
がとられたそうです。 
そのため子役達はセリフをひととおり覚えた状態で撮影に臨むというベテラン
俳優真っ青(?)な準備を求められたとか・・。

 かくして数ヶ月に及ぶ島での撮影を無事終え、日本映画の不朽の名作
と言われる「二十四の瞳」は完成するのです。
         (1954年9月15日公開)

    
   ~ あらすじ ~

 昭和三年四月四日、瀬戸内海に面したある分教場へひとりの
若い女性、大石久子先生が赴任して来ます~離任する小林先生の代わりに
十二人の一年生を受け持つことになるのです。

 ある日その「おなご先生」は足をケガしてしまい自宅で療養することになります
子供達は先生を慕って、内緒で8キロも先の大石先生を訪ねようとするのです。 
幼い足での山歩きで、くじけそうになりながらも子供達は泣きながら歩くのでした
~そして通りかかったバスに偶然にも先生を見つけ追いかけます~気付いた
大石先生とやっとのことで再会するのです・・・
 
   先生 「みんな、どうしたん?」 
  
  生徒達 「先生の顔、見にきたん
                        (会いたかったよ・・・)
     
     ――みんな涙が溢れるだけでした――

  やがて、戦争という暗い影が彼らを包み、
 ついこの間まで平和で穏やかであったこのささやかな
            「ふれあい」までも引き裂くのです・・・・・・・・



 
 太平洋戦争を背景にしながらも、詩情豊かに描かれる瀬戸内の一角での
物語
~しかしそれは、当時全国のいたるところで同様に起こっていた悲しく
切ない光景のひとつだったのでしょう。         
  前回の記事である「風と共に去りぬ」(記事参照)はもちろんのこと、
この作品もよく言われるような単に反戦というストレートなテーマだけではなく、
どんなに辛い状況からでも前向きに希望を求める人間の強さをメインテーマ
にしている
気がしてなりません。 
 また、監督・木下恵介が重要視した美しい風景は、人間の行う戦争という
 愚かで醜い行為
をスクリーンの中で対比させて表現しているようでもあり
  ますね。 

 1956年11月、上映後の全国的なヒットに伴い、あらためて平和を願う
気運も高まり「平和の群像」が建てられます。
 大石先生と十二人の生徒をかたどったそのブロンズ像は、現在も小豆島・土庄
                                          (とのしょう)
港を訪れる人々を出迎えてくれます。  
また、1987年に女優・田中裕子が大石先生を演じてリメイクされた撮影時の
セットが「映画村」として残され、観光スポットとしても定着しています。
(その後、「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年作品)でも木下恵介監督は香川
   の男木島で一部ロケを行う)

 小豆島出身の原作者・壺井 栄は樽造りの職人の家に生まれました。   
元来子供好きの栄は素朴でとても優しく、母性のあるたくましい人物だった
と言います。 
それゆえに、栄が世の子供達の平和を終生に渡り強く願っていたと言われる
ゆえんなのでしょうね。

 さて、撮影を終えた子役達ですが、数ヶ月を一緒に過ごし育まれた友情
(と言うより家族のような感覚になっていたという) はその後も本人達やその
家族を交えながら現在も続き、会えばまるで  大家族のような付き合い
されているそうですね~。 こうしたことからも、彼女の願いが受け継がれ
芽を出した素晴らしいつながりを感じることが出来ますね。
 劇中流れる唱歌~「あおげば尊し」や「浜辺の歌」、「七つの子」なども効果的で、
力強く生きていく人々を優しく包んでいるようでした。                              



 
 今回はこの作品で特に感じる、子供達の純粋な愛情をイメージして優しい
  この曲を選曲します♪

 ☆ Here, There And Everywhere.
  (Yesterdayと並ぶポールの名曲と言われたりしますね♪)

二十四の瞳 DVD 二十四の瞳

販売元:松竹
発売日:2006/06/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 ☆ ~大石先生と十二人の生徒達との心のふれあいを描く~
      日本映画史上に燦然と輝く永遠の名作!!

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