ウィズアウト・ユー

Dsc0046612                 「 7 オクターヴの歌姫 ―― マライア・キャリー 」

 今回は私の大好きな曲のひとつ、あのバッド・フィンガーの名曲
     「ウィズアウト・ユー」の紹介です♪

 このエモーショナルでインパクトの強い曲は、さすがに数々のシンガーにカヴァーされていますね。 ある意味・・・本家のバッド・フィンガーより(失礼!)ハリー・ニルソンやマライア・キャリーのヴァージョンが有名かも知れません。

ちなみにバッド・フィンガーとは、いわずと知れた我らが(!?)ビートルズの弟分的な存在として1968年にアップル・レーベルからデビューしたバンドです。
ピート・ハムとトム・エヴァンズを中心としたポップでロックな色彩あるサウンドで人気のグループでした。 今でも伝説の――、そして悲劇のバンド(哀)として根強い人気があります。
彼らの足跡は文章にするととても長くなりますので割愛させていただきますが、今聴いても新鮮で感動する曲も多いので、興味のある方は下記リンクの映像を参考にぜひ聴いてみてほしいスーパー・バンドです♪

 
 さてハリー・ニルソンですが、こちらもジョン・レノン(主に)との交流も有名で、当時 「七色の声」と絶賛された美声の持ち主です。
1971年にカヴァーされたこの「ウィズアウト・ユー」ですが、その後この曲で初めて彼を知った方も多いのでは?(実は私もその一人です・・・汗)  
 甘いソフトな声質で、とても癒されるヴァージョンですね。 
晩年は体調を崩し往年の美声は影を潜めましたが、当時ピークの彼の美声はかの
ロイ・オービソン同様~人々に鮮烈に記憶され魅了しました。
 こちらも下記リンク映像よりご堪能下さい。

 そして二人目はマライア・キャリーです。 なにかと話題の多い彼女ですが、抜群の歌唱力とセールスはさすがです。
そのソウルフルで抑揚あるパフォーマンスには鳥肌が立ちます♪
 ぜひリンク映像で体感して下さいませ。

 また、オーストラリアのビッグ・バンド――エア・サプライの「ウィズアウト・ユー」も
素敵ですね。 正統派カヴァーの代表(?)のような見事なヴァージョン!
 やはりハイ・トーン・ヴォイスには魅了されます。

 最後はアメリカの若手シンガー――ケリー・クラークソンです。
まだ25歳ながら、その声量とキュートなルックスは将来性抜群! 
     要注目シンガーの一人ですね。

 それでは彼らの素晴らしいパフォーマンスに酔いしれて下さいぃ~っ!
  
   
☆ 「Without you」      ♪ ハリー・ニルソン

                  ♪ マライア・キャリー

                  ♪ エア・サプライ

                  ♪ ケリー・クラークソン

            (本家)  ♪ バッド・フィンガー


【送料無料選択可!】ミュージック・ボックス / マライア・キャリー 【送料無料選択可!】ミュージック・ボックス / マライア・キャリー

販売元:CD&DVD NEOWING
楽天市場で詳細を確認する


☆ 1993年リリース、マライア・キャリーの初期の名盤♪
           (ウィズアウト・ユー収録)

|

 ポール・モーリア

Dsc000601
 
先日の日曜日の早朝、テレビをぼんやり見ていたところ思わぬ訃報が流れ驚きました。 イージー・リスニングの代名詞であり大御所ポール・モーリアさんが3日に亡くなられたということでした――81歳。

(以下 - 敬称略)

                           「おひげのダンディ、ポール・モーリア」

 私は幼少の頃から親の影響もありポール・モーリアを聴いています、そういう意味ではビートルズよりも長く聴いているサウンドですね。 今でも就寝前に聴くことの多い彼の音楽は、軽快な中にもフランス風で少しセンチな雰囲気のあるオシャレな作風が特徴です。
ストリングスをバックにチェンバロが奏でられたり、そのアレンジは洗練された素晴らしいものでした。

 ポール・モーリアは1925年3月4日、フランスのマルセイユで生まれます。 幼少から音楽への才覚を現し、10歳から6年間をマルセイユの国立音楽院で学びます。
卒業するとクラブで演奏活動を始め、以降はそうしたクラブのバック・バンドやスタジオ・ミュージシャンとして活動するのでした。

 そして1966年には念願のオーケストラを結成します。
           (ポール・モーリア・グランド・オーケストラ
その2年後、いまやスタンダードとも言える名曲「恋はみずいろ」を編曲し大ヒットさせます――グラミー賞受賞
 その他にも「蒼いノクターン」「涙のトッカータ」、そして「オリーブの首飾り」などのヒット曲を連発し、名実ともに「イージー・リスニングの帝王」とまで呼ばれました。
親日家としても知られ、1969年からは毎年のように来日しては全国ツアーを行い、その爽やかでムードあるサウンドは日本中を魅了しました
しかし、1998年の来日公演を最後に指揮者を引退するのでした。

 1970年代、ポール・モーリアを筆頭にイージー・リスニングはピークを迎えます。 軽音楽という大衆音楽のジャンルを芸術の域にまで引き上げた彼の功績は高く評価されました。 
同じ頃のレーモン・ルフェーブルや、その少し後に登場するリチャード・クレーダーマンなどへと継承されるポップでカジュアルな旋律もまた人々の心を捉えるのでした。
 

 多くのカバー曲や自作曲を洗練されたアレンジで世に送り出したポール・モーリア。
トレード・マークのおヒゲがダンディな、その優雅で優しい指揮の姿とともにどこか懐かしい地中海の香りもするそのエレガンスなサウンドは、これからも人々の心の癒しのバイブルとして聴き続けられることでしょう。
        ―― ご冥福をお祈り致します ――
                         


  ☆  「恋はみずいろ」のライヴ映像は こちら




 今回は哀悼の意を表してフランス国歌で始まるこの曲を!

  ☆  All You Need Is Love.
(1967年、世界初の衛星中継番組で演奏された
   曲としても有名!  日本時間では早朝だったそうです・・)

ポール・モーリア・スーパー・ベスト21 Music ポール・モーリア・スーパー・ベスト21

アーティスト:ポール・モーリア
販売元:ポニーキャニオン
発売日:2005/10/19
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 ☆ まさに「一家に一枚」なポール・モーリアのベストCDです♪


 ※ なお、頂いたコメント、トラック・バックはスパム対策
   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。


 
 

 

| | コメント (49)

 美空 ひばり

Dsc004381113

 

今日5月29日は、昭和の歌姫・歌謡界の女王こと~~美空ひばり(敬称略)の誕生日です。 私の母が大ファンで、カラオケで「みだれ髪」や「川の流れのように」、「愛燦燦」など何曲も歌うようです。 私が幼少の頃は、日曜になると朝から大音量で(笑)ガンガン曲が流れていました~、そんなこともあり、自然と我が家の生活の中に染み込んでいきましたね。 しかし、当時は子供心に覚えやすくいい曲だなぁ~、と単に聴いていた美空ひばりの曲でしたが、年齢とともにその存在は大きくなっていくのです。         (上 - イラスト  画材:パステル)

 そんな国民的歌手の美空ひばり(愛称:お嬢)が亡くなってからもう17年が経とうとしています。 当時、就職したばかりの私でしたが、その訃報を聞いて涙したものです。テレビや新聞、雑誌などあらゆるメディアが、この大スターの訃報に 「これで昭和が終わった・・・」など、そのような内容に終始していたのを思い出します。  私の中では80年に暗殺されたジョン・レノン、87年に亡くなった石原裕次郎に並ぶ悲しい出来事になってしまいました。

 美空ひばり(本名:加藤和枝)は1937年の今日、神奈川県横浜市磯子区で生まれました。 6歳の頃から出征兵士の壮行会や軍需工場での慰問などで歌い始めます。 1945年の終戦後、父(増吉)が復員し「美空楽団」を結成~天才少女としてのキャリアがスタートするのでした。 また、この頃にはNHKの「のど自慢素人音楽祭」に出場しますが、あまりの歌の上手さに審査員の反感(?)をかい、不合格になるというエピソードもありました。 これも天才ゆえの切ない経験でしょうか。

 1947年、伴淳三郎との出会いで芸名「美空ひばり」と命名されます。 正式デビューとしてはその2年後の1949年6月の「河童ブギウギ」ですが、同年9月に発売された「悲しき口笛」が大ヒットします。 (初主演の同名映画も大ヒット!)

~その後の経緯~ (簡単に抜粋して紹介)

・1955年: 三人娘 (美空ひばり、江利チエミ、雪村いづみ)の初       
                の映画「ジャンケン娘」封切。
・1957年: ファンに塩酸をかけられ軽傷を負う。
・1962年: 小林 旭と婚約。(当日はお嬢の誕生日) ~11月        
                に結婚。
 ~しかし1964年6月、わずか2年弱で離婚する。           
                     (「柔」が180万枚の大ヒット
・1970年代半ばにはNHKとの対立(紅白への出場拒否~後に和解)などもあるが、着々とヒットを重ねる。   (1977年6月、弟 哲也と前妻の子「和也」と養子縁組が成立

 1980年に入ると、ひばりにとって辛い出来事が続きます。 81年7月に「一卵性母娘」とも呼ばれた最愛の母、喜美枝が死去。 翌年2月に江利チエミ、翌83年10月には弟の哲也と相次いで亡くします。 そして86年4月にはもうひとりの弟 武彦まで失い、彼女は失意のどん底に落ちるのです。 そんな悲しさも影響したのか、87年頃からひばり自身も肝炎を患い4月に入院してしまうのです。

 しかし88年4月、あの記憶に新しい伝説の東京ドーム公演で復帰を果たすのでした。 なんと、痛み止めなどの注射を打ち、全39曲を熱唱したのです!!  (実際には立って歩くことすら大変な状態だったといいます) もちろん当時の私達はそんな事情を知る由もなく、ただ元気に復帰して熱唱する彼女を見て、感動の涙を流していただけでした。 後で分かったこととは言え、歩行すら困難な状態で以前と変わらずに歌い切ったひばり  ~(少なくとも私にはそう感じました)

 ところが最近、その公演のもようについてふれたあるテレビ番組で、たしか息子の和也氏が「人生一路」を歌い終えたひばりが首をかしげていた~という発言をしていたのです。 たしかにその映像でひばりは首をかしげました・・・・・・あの完全に歌い上げる女王・美空ひばりが納得のいかない表情とともに首をかしげたのです!  和也氏はおそらく・・・と言いながらも「充分に声が出ていなかった、と本人(ひばり)が感じたのでは・・・」 とたしかそんなことを語りました。 もしそれが本当なら、その時の彼女の胸中はどれほど辛かったのだろう、と切なく思わざるを得ません。

 1974年、ひばりは第一回広島平和音楽祭で、戦争とヒロシマを唄った曲~
                「一本の鉛筆」 を唄います。
 
    「 一本の鉛筆があれば
              私はあなたへの 愛と書く
      一本の鉛筆があれば
              戦争はいやだと 私は書く 」

 彼女のキャリアの中で唯一の反戦・平和を願うメッセージ・ソングです。

 それから14年後の88年、第十五回を数える同音楽祭で、再びひばりはこの「一本の鉛筆」を唄います。 闘病生活の中にありながら、点滴を打ち支えられるようにステージに上がったあとは、いつものようにさっそうと登場したひばり。 観衆の前でその病状を微塵も感じさせない素晴らしい熱唱を見せたのでした。

誰よりも歌を愛し、誰よりも厳しくそして優しく完璧に歌い上げる歌手~美空ひばり~彼女は戦後の沈んだ時代を明るく灯し、人々に勇気と希望を与えた本当の意味でのプロの歌い手でした。 今も私は気分が沈んだ時には美空ひばりとビートルズを好んで聴きます。 「お祭りマンボ」や「港町十三番地」を聴くだけで元気が出るのです。 また様々な映画での俳優としての才能も見逃せませんね。
  

1989年6月、美空ひばりは天に昇り不死鳥となりました

                                                           (記事 ― 2006・5・29)

 ※ 2008年4月26日、「京都嵐山 美空ひばり座」(京都市右京区)開館!     
 

 今日の選曲は、存命であれば69歳になられる「お嬢」へ捧げる元気なナンバー!

 ☆  Birthday.   

(この時期、ビートルズはメンバー間でいろいろとギクシャクしていましたが、
 いえいえ演奏はかなりノッていますね~)

歌手生活35周年記念リサイタル 美空ひばり武道館ライブ〈総集編〉 DVD 歌手生活35周年記念リサイタル 美空ひばり武道館ライブ〈総集編〉

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2000/05/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

☆ ひばりさんの歌手生活35周年にあたる1981年6月に、日本武道館で行われた記念リサイタル。 全51曲を歌い上げた女王の渾身のライヴです!

※ なお、頂いたコメント、トラック・バックはスパム対策
   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。

| | コメント (33)

 ショパン

Dsc001291

 ショパン~と聞くと、私は優雅で気品のある数々のピアノ曲を思い浮かべると共に 「哀愁」 も感じます。 とは言え、本格的にショパンを聞き始めたのは数年前からなのですが、今もその印象が変わることはありません。

 
 
 ショパンは1810年にポーランドで誕生し、幼少の頃からその非凡な才能を発揮し始めます。 もともと病弱な彼は結核を患いますが、半面、作曲や演奏においてはかなり活動的、精力的でした。 当時の時代背景に影響され、1830年にポーランドを離れてからは再び祖国の地を踏むことはありませんでした。 (皮肉にもそういった状況が作曲への原動力となり、名曲を作り続けるのですが・・・) 

 その後、ショパンの人生を左右する運命的な出会いが訪れます~1838年、フランスの女流作家ジョルジュ・サンドと恋に落ちるのです。 神経質で気弱なショパンと自由奔放で活発なサンド~正反対とも思われる二人ですが、互いに二人は魅かれ合うのでした。  しかし、依然として体調はすぐれず静養の必要な時期も多かったようです。 ただ、彼女と過ごしたこの9年間が彼の生涯の幸福な時期でもあったことは確かですね。 

 ピアノの詩人と評されロマン派の代表的存在のショパンですから、その作品はどれも素晴らしいの一語に尽きます。 「英雄ポロネーズ」や「革命のエチュード」、「子犬のワルツ」などなど、繊細な曲からダイナミックなものまで彼独特のショパン節をこれでもかっ!(笑)、と言わんばかりにピアノ一台で見事に表現していますね。 その繊細なフレーズからは、サンドとの別れや祖国への望郷の念などを根底に、人間的な哀愁を最上の形で感じることが出来ます。

 今朝は昨夜からのあいにくの雨が降り続いていますが、ショパンからの「雨だれ」と受けとめて、CDを聞きながらゆっくりと日曜の朝を過ごしたいと思います~。

 ~久々の記事でしたが、今日のリクエストは私の大好きな「ノクターン(夜想曲)作品9-2変ホ長調」のような!?哀愁あるポールの作品~、

 ☆  Golden Slumbers.      (アビィ・ロード後半のメドレーの中の小曲ですが、ショパンのように繊細かつ迫力ある作品ですね~)

中村紘子 プレイズ ショパン DVD 中村紘子 プレイズ ショパン

販売元:エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
発売日:2004/12/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ♪ 日本を代表するピアニスト! 中村紘子さんの優しくリラックスした演奏は癒されますよ~♪ 

 ※ なお、頂いたコメント、トラック・バックはスパム対策
   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。

| | コメント (14)

レッド・ツェッペリン

Nec_0046
 私はもちろんビートルズが一番好きですが、いろいろな音楽にも耳を傾けます~ビートルズオンリーの閉鎖的な聴き方はしません。 (皆さんそうですよね?) ある程度さまざまなジャンルを聴くことで耳を鍛え(?)、バランスよく判断をしたいからです。 こう書くと硬い感じですが、簡単に表現すると、「いい曲、名曲は星の数ほどあれど、その中でもビートルズが特に好き~」~です。 皆さんも各自それぞれフェイヴァリット・ソング、お気に入りアーティストがいることでしょう~。

  今夜は、私のお気に入りブリティッシュ・ロック・バンドのひとつ、「レッド・ツェッペリン」について載せたいと思います。 かなり世界的に有名ですし簡単な紹介をしますと~、1968年にデビュー、メンバーは ヴォーカル - ロバート・プラント、ギター - ジミー・ペイジ、ベース - ジョン・ポール・ジョーンズ、ドラムス - ジョン・ボーナムの4人。 独特なリフを多用したサウンドでハードロックスタイルを確立。 1970年にはビートルズを凌ぐほどの人気!1973年、ロバート・プラントの声帯不良によりツアーが減る。1980年、ジョン・ボーナムの事故死で解散・・・・・。 ~と、このツェッペリンも波乱万丈な歴史を持っていますね。
Nec_0045_5

 しかしその音楽性は独創的であり、今なお高く評価され続けているのです。 ジミー・ペイジは伝説のバンドあのヤード・バーズの歴代3大ギタリストの一人であり、一時期テクニック云々で揶揄されたこともありましたが、その個性的なリフ構成やメロディアスなギターソロ、そして何よりギターヒーローにふさわしいパフォーマンスとルックスは当時突出したカリスマ性がありました。

 ところで、ツェッペリンも数々のヒット曲がありますが、私がおススメするのはやはりアルバム 「レッド・ツェッペリン Ⅳ」ですねぇ~。 「ロックン・ロール」や「ブラック・ドッグ」、そして言わずと知れた名曲「天国への階段」~私も若かりし頃、指が腱鞘炎(けんしょうえん)になる位(笑)ギターをコピーしたものでした~懐かしい! またロバート・プラントのヴォーカルは絶好調!?であり、ジョン・ボーナムのドラムも素晴らしすぎです! まだ聴かれてない方がいましたら一度聴いて欲しいですね~、その独特のグルーヴを!
 ( 上下 - 10年以上前?の古いイラストですみません・・・)

 ではブログの趣旨に強引に戻りまして~(笑)~今夜のビートルズ・ソングですが、リフ作りが上手いのはジョンやジョージも同じですね~、そんなリフから構成された中期のポップな名曲を選曲します! 

 ☆ I Feel Fine.   (1966年に来日し、武道館ライヴでも演奏されました。当時フィードバックが物議をかもしたり、少し前に何かのCMで流れてましたね~)

THE SONG REMAINS THE SAME ― 狂熱のライブ DVD THE SONG REMAINS THE SAME ― 狂熱のライブ

販売元:ワーナー・ホーム・ビデオ
発売日:2000/03/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ☆ 劇場用映画として制作されたツェッペリンのライヴ・ドキュメンタリー。 1973年の4人のパワー全開ライヴは必見です!!
 

| | コメント (14)

 ジャズ好きな友人

Nec_0024  
10年位前になるでしょうか、ジャズの好きな友人の一人から一冊の本をプレゼントされました。 どちらかと言いうと、ジャズにはあまり詳しくない私になぜ?という疑問はありましたが、おそらくもっとジャズを勉強しなさい~ということなのでしょうね(笑)。

 その本のタイトルがまた深いんですよ、「天に召された50人の偉大なジャズミュージシャンたち」~です。(お持ちの方もいるのでは?)

 内容は、50年代のミュージシャン中心の写真やコメントで、カウント・ベーシーやアート・ブレーキー、マイルス・ディビィス、デューク・エリントン、ビル・エヴァンス、ベニー・グッドマン・・・・・などなどの比較的珍しい写真が楽しめます。

 そして5年前にその友人と久々に再会し、その本の話が出た時に、お礼にイラストを描くことになったのでした。 彼が選んだ写真は演奏中のジョン・コルトレーン。 モノクロの暗めの写真でしたが、ひと目でコルトレーンと分かるモノでした。 早速、私はその写真をもとに敬意を払いながら描いて、後日手渡したのです。             (上のイラストがそうです。)

 あれから5年、私のジャズについての知識はそれほど増えていません(笑)。 もう少し年齢を重ねると近付けるのかなぁ~と思っております。 でも、 個人的にはどちらかというとブルース派であります、ハイ。 今回、改めてコルトレーンを聴きました~いやぁ~ 理屈抜きでいいですねぇ~時間を忘れてしばし酔いしれてました。

 では、ビートルズの中でも何曲かジャズを取り入れた作品がありますが、その中でもよくジャズミュージシャンに唄われているこの曲を選曲します!

 ☆ Here, There And Everywhere.      (優しい雰囲気のバラード。ポール自身もお気に入りの曲です!)

ジョン・コルトレーンの世界 DVD ジョン・コルトレーンの世界

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2002/12/11
Amazon.co.jpで詳細を確認する

  ☆ これぞコルトレーン!まるで魔法にでもかけられたようなひとときをお楽しみ下さい! 

| | コメント (4)