«   街 の 灯 | トップページ |  十二人の怒れる男 »

 アメリア・イアハート

Dsc000761  















1903年12月アメリカのライト兄弟により、 ついに人類は長年の夢であった空への
切符
を手に入れました。 人類が空を飛行するというあらたな手段を得た瞬間
だったのです――
― しかし飛行機を手にした我々の喜びもつかの間、その後の第一次世界大戦
では戦闘機という強力な「兵器」として改良され利用されてしまいます。

                       「イラスト― アメリア・カット(ショート・カット)も流行に 」

 こうした文明の進歩は戦時下における兵器の規模の拡大へ残念ながら
つながります。 逆に、兵器開発による技術革新がもたらす便利な生活もまた
皮肉なことです・・・。

1914年に始まった第一次世界大戦では、人類史上初めて毒ガス戦闘機
そして強力な威力を持つ爆弾などの大量破壊兵器が登場しました。
 言うまでもなく人的な被害もそれまでの戦争にはない残酷で大きなものに
なってしまうのです――。

 この恐るべき大戦がようやく終結し、人々がもとの平和な暮らしに戻ろうと
していた1920年代――アメリカではさまざまな分野で人々の「躍動」が始まり
ます。 
それは経済や文化にとどまらず、希望ある探険や飛行が隆盛を極めることから
もその「躍動」を感じられるのです。

 1927年5月20日(~21日)、世界を仰天させる偉業が達成されます。 
アメリカの飛行家 チャールズ・リンドバーグによる「大西洋単独横断飛行」
が成功する
のです。
「翼よ、あれがパリの灯だ」~という有名なセリフの真偽はともかく、この
フライトが象徴することは、人々が大戦の痛手から立ち直り再びロマンへ
の関心が高くなったということを意味します。 

 それから5年後の1932年5月20日、リンドバーグと同じルートで単独飛行
に挑戦しようとする一人の女性が現れます。 
その女性こそ、伝説の飛行家として知られるアメリカ・カンザス州出身の
アメリア・イアハート なのです。 
1932年当時34歳のアメリアでしたが、その飛行歴は長く、業界では名の
知られた女性でした。

 当時のアメリカでも女性の地位向上を目指す気運は高まっていました。 
そうした状況へ 登場したアメリアは女性達の期待と憧れの的だったのです。
 そんな女性達の熱い眼差しを一身に背負って、カナダ・ニューファンドランド島
のハーバー・グレース(グレース湾)から飛び立つのでした。 

Nec_0053_1
彼女の愛機である深紅のロッキード・ベガは、
当時の飛行機としては高性能として知られています。 
その信頼するベガと一体となり、途中の強い北風や寒さ、そしてさまざまな困難に遭いながらおよそ15時間後アイルランドに到着、見事
女性初の大西洋単独横断飛行に成功するのです。 

 




しかしアメリアはこの偉業に満足することなく、「世界一周」という大きな目標
密かに決意するのでした。 
彼女自身、自分に対する世間の注目が女性の権利を高める効果があること
を十二分に理解していたのです。
1935年1月11日にはその「前哨戦」とも言われるハワイ(ホノルル)から
カリフォルニア(オークランド)までの単独飛行にも成功します。 
(※ 1月11日は、彼女の功績と精神を記念してアメリア・イアハート・デー
                                     
とされている)
そして1937年5月21日、念願の「世界一周飛行」へ向かうのです。

 当時アメリアはこの大計画について、

    「飛行記録が更新される時は、将来のために
              犠牲になる覚悟を持った人が現れた時よ」


              と、今考えると意味深に語っています。

 この飛行ではベガではなくロッキード・エレクトラ双発機)に乗り込んでの
出発でした。  (同乗者は優秀な航法士、フレッド・ヌーナン
二人は東周りで順調に飛行を続け、6月末にはニューギニアのラエ飛行場に
到着。 燃料補給や整備をし、7月2日にホノルル方面へ向けて飛び立ちます。 
ここまで計画の3/4を飛行していた二人に対して、アメリカ国民は無事の成功
を信じて疑わなかったのでした。

  ――まさかこれが彼女のラスト・フライトになろうとは
                誰ひとり想像すら出来なかったのです・・・・・・

  その夜7時をまわった頃、思いがけない電文が受信されます。

       「・・現在地点が分からない・・・」 
       「・・・燃料が不足している・・・・・」


              そして消息が途絶えたのです―――。

 詳しいやりとりは手元の資料にありませんが、管制ではアメリアとフレッドが
広い太平洋上で航路を誤った、という見解に達しました。
  そして最悪でも洋上へ着水していることを願ったのです。

 連絡を受けた時の大統領ルーズベルトは、すぐさま二人の救出へ全力を
入れます。沿岸警備隊、海軍、そして空からも400万ドルをかけたと言われる
大捜索が展開されました。 
   しかし、アメリアとフレッドを発見することはなかったのです――。

 おりしも捜索エリアは日米の間でも緊張の高まりつつあった水域であり、
一説には着水したアメリア達を日本側がスパイとして拘束したのでは??と
ささやかれるほどのキナ臭い時期でした。 
ご存知のとおり、その2年後の1939年、ドイツ軍によるポーランド侵攻
きっかけに、残念ながら世界は再び戦争へと突入していくことになります。
1941年12月、ついに日米が交戦すると、それまでの冒険飛行という夢を
乗せたプロジェクトは余力をを失っていくのでした――。


 アメリアは出発前にこんなことも言っています。

       「これが私の最後の長距離飛行よ」 と・・・


 アメリアが行方不明になってから一年後、国際ゾンタ
              (女性の地位向上を目的とする国際的な奉仕団体)
アメリア・イヤハート基金を発足させます。 これは毎年航空関連専門の
女性研究者などを認定し支援する制度です。
 
 あれから70年――彼女のラスト・フライトは悲しいものでしたが、
その偉業と志はまさに女性の職業的、社会的地位の向上に寄与し、
勇気を与えた素晴らしいものでした。
 
 アメリアの理念は、
          こうして毎年確実に受け継がれているのです――。


    「心の平和を与える代償として、
                 人生が要求するのは勇気である――」

     
                               アメリア・イアハート




☆ 今回は数あるビートルズの曲の中でも
             唯一のインスト・ナンバー~♪


  
♪ Flying. 
  
(ゆったりとしてシンプルながらもセンスを感じますね!)

     ☆ Flying. (音・映像)


 

アメリア・イヤハート―それでも空を飛びたかった女性 Book アメリア・イヤハート―それでも空を飛びたかった女性

著者:リチャード テームズ
販売元:国土社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 ☆ 飛行家として女性の地位向上にも尽力した
    勇気ある信念の人――アメリアの生涯。


 ※ なお、頂いたコメント、トラック・バックは英字スパム対策
   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。

|

«   街 の 灯 | トップページ |  十二人の怒れる男 »

歴史」カテゴリの記事

コメント

記事を読んでいて娘(小学生)の自由研究の一節を思い出しました。「人間は空を飛ぶという夢を追いかけ、長い年月をかけてやっと飛ぶことができるようになった。そして今、夢は宇宙へと・・。人間は夢のために命をもかける生き物である。自分も・・・」(自由研究「飛ぶということ」より)
2005年の自由研究なのですがその年は日航の相次ぐトラブル、そしてディスカバリー打ち上げ、耐熱タイルの破損など夢とその代償について考えさせられる年でもありました。
でもやっぱり「夢」と「勇気」ですね。

投稿: ひまじん | 2007年1月14日 (日) 11時19分

興味深く読ませてもらいました。最後の言葉、「心の平和を与える代償として、人生が要求するのは勇気である――」というのは重い言葉ですね。

投稿: skyseeker | 2007年1月14日 (日) 11時22分

さっそくですが、お邪魔させていただきました。
ランバルディです。

アメリアという方は知りませんでした。こんな強い女性がいたとは驚きです。

私の頭の中の航空史は、「ライト兄弟」「リンドバーグ」だけでしたが、今回「アメリア」も仲間入りしましたね。

ルーシーさんの丁寧な説明で本当によく理解することができました。また、(私が言える立場ではないんですが)イラストも、ほのぼのとした温かい感じを受けました。

他の記事も拝読させていただきました。
「素晴らしき哉、人生」は私の好きな映画の一つです。そちらの記事でもコメントさせていただきますね。

今回はお招きありがとうございました。

投稿: ランバルディ | 2007年1月14日 (日) 14時02分

コメントを頂きましてありがとうございました。
素敵なイラストですねー…。

イアハートの事は正直ほとんど知らなかったので、大変勉強になりました。

投稿: のりりん | 2007年1月14日 (日) 15時13分

 ひまじんさん、こんばんは!

 >「人間は空を飛ぶという夢を追いかけ、 長い年月
 >をかけてやっと飛ぶことができるようになった。
 >そして今、夢は宇宙へと・・。人間は夢のために
 >命をもかける生き物である。自分も・・・」

 とてもいい文章(言葉)ですね~、何かを達成するためには基本は「夢」や「あこがれ」を抱くことからなのでしょうね!
 ライト兄弟が飛行に成功する直前まえ、学者や世論は機械が「飛ぶ」ということを不可能と考えていたそうですし。
 
仰るとおり、とかく「夢」への挑戦には犠牲が伴ったりしますが、勇気と信念で先人達はかなえてくれました。
我々も小さいこと、身近なことからでも見習って挑戦することで、何か答えが見えてくるのかも知れませんね♪

 

投稿: ルーシー | 2007年1月14日 (日) 20時55分

 skyseekerさん、こんばんは!

 >「心の平和を与える代償として、
 >人生が要求するのは勇気である――」

 そうですね、生死をかけた彼女のような冒険家が語るこうした言葉は重く説得力がありますね~、クチだけの政治家や上司(?)が多い中で、やはり時代を問わず実行力のある人物には魅了されます。

 アメリアのように偉業を成しながら、なかなか教科書へは登場しない先人を微力ながらお伝えできたら、と思っております。
 今後とも宜しくお願い致します♪

投稿: ルーシー | 2007年1月14日 (日) 21時13分

 ランバルディさん、こんばんは!

 ランバルディさんのブログは航空関連や東京ディズニー・シーなど楽しいサイトですね。
現在は東北在住の私にとって、東京ディズニー・ランド&シーは近くて遠い(?)テーマ・パークになってしまいました(汗)。

 ところで、今回私の拙い記事でアメリアを知っていただいて嬉しいです。リンドバーグやハワード・ヒューズは有名なのですが、彼女についてはあまり知られていないようなんです。

 よろしければまた、お暇な時にでもいらして下さいませ♪

投稿: ルーシー | 2007年1月14日 (日) 21時24分

 のりりんさん、こんばんは!

 >イアハートの事は正直ほとんど知らなかったので、
 >大変勉強になりました

 ありがとうございます。 こうした拙い記事でも先人を知るきっかけにでもなれたら光栄ですね~。

実は私もリンドバーグをいろいろと知るにつれてある日アメリアを知ったのでした。 一人の人物からどんどん広がる人脈のマジックを感じる瞬間でもありますね。
 もしよろしければ、お暇なときにでもまたいらして下さいませ♪

投稿: ルーシー | 2007年1月14日 (日) 21時29分

こんにちは 始めまして 空にあこがれる人類の
夢を追求した人たちの姿は東西を問わないで心を
打ちますね

私は日韓交流の歴史を調べていて そこで「朴敬元」が日本で最初の飛行機事故で死亡した女性だと分かり、彼女のことを調べる事からページが増えてきました。

女性パイロットを調べるといろいろ面白い事が
あって歴史の楽しさが深まります。
アメリア・イヤハートのことはその関連で調べました。

R.ブリンク箸 平田敬訳 新潮文庫からでた
「アメリア・エアハート最後の飛行(世界一周に隠されたスパイ計画)」を持っています。

日本が撃墜したのでは?と疑われたこともあった
ようです。

投稿: けい | 2007年1月14日 (日) 22時02分

けいさん、こんばんは!

 けいさんのサイトはまさに日韓交流にふさわしい充実した内容ですね! カテゴリーも豊富で、歴史に沿った社会や文化の紹介記事はとても勉強になります。

 私もリンドバーグからアメリアを知りました。歴史はその人物からどんどん派生的に人脈が広がり、より背景を把握しやすくなり興味深いですね。

 朴敬元さんやブルース夫人についてはあまり知りませんでした。また、日本人の女性飛行家たちの歴史も最近読み始めたところですが、朴さんをはじめ彼女たちからは「勇気」はもちろん、いろいろな視点で当時の航空史を読む楽しさを教えられた気がします。

 またちょくちょく伺うことがあると思いますが、どうぞこちらへもお暇な時にでもいらして下さいませ♪

投稿: ルーシー | 2007年1月14日 (日) 22時19分

 先般は、「翼よ!あれがパリの灯火だ」の記事にコメントを頂きましてありがとうございました。
「アメリヤ・イヤハート」という方のことを知ることができて嬉しく思っています。
 こちらのブログは人物や出来事に視点をあてられていらっしゃるようですね。
 またいつかおじゃまさせて頂きます。

投稿: 映画で元気 | 2007年1月15日 (月) 16時57分

こんにちは。こちらでは初めまして。

とても素敵なブログですね!
イラストも、BGMの選曲も素晴らしい・・・これからも拝見させていただきますね。

ところで、ボクが調べた当時の福岡日日新聞によると、イアハートの遭難時、日本の軍艦も捜索に協力したそうです。
またアメリカでは空母まで出動させるという異例の大捜索で、そんなところからイアハートのスパイ説が出たようですね。
でも当時の人々の航空への関心、飛行家への英雄視を考えると、決してそんなキナ臭いばかりの話ではないと思います。
あの時代の人々の空への憧れは、半端ではないですよw

投稿: 黒坊 | 2007年1月15日 (月) 17時45分

 映画で元気さん、こんばんは!

 ブログを通じてアメリアについて知っていただいて光栄です。
今後も機会がありましたら、私の好きな先人たちをご紹介したいと思っています。
ただ最近仕事の関係でなかなか記事を書けないでいるのですが・・(汗)

 私もときおりオジャマしたいですね~、
またお時間のある時でも遊びにいらして下さいませ♪

投稿: ルーシー | 2007年1月15日 (月) 20時54分

 黒坊さん、こんばんは!

 いえいえ、黒坊さんのサイトは詳細な分析とデータが豊富な記事で楽しいですね!
ワイリー・ポストなども登場して充実した記事になっていました!
 「ニッポン号」の記事もありましたね~そういえばこのアメリアの時期(の2年後ですが)と同じくらいの偉業でしたね(昭和14年)。

 >イアハートの遭難時、日本の軍艦も捜索に協力

 そうでしたか、勉強になります!
そうですね~、あの当時の空への憧れはのちの月面着陸に匹敵いやそれ以上のものだったと思います。

 今後ともどうぞ宜しくお願い致します♪

 

投稿: ルーシー | 2007年1月15日 (月) 21時10分

はじめまして。
「プログラマのつぶやき」でコメントをどうもありがとうございました。
アメリア・イヤハートについての詳細な説明、大変勉強になります。
ちょくちょく遊びにきさせて頂きます。

投稿: ぷろぐらま | 2007年1月19日 (金) 21時18分

ぷろぐらまさん、こんばんは!

 先日は突然おじゃまして驚かれた(笑)ことと思います。赤いベガはカッコイイですね~、とてもおまけとは思えません!

 愛機ベガに乗り飛び立つアメリアの勇姿は、さぞや当時の女性たちに希望と勇気を与えたことと思います。

 ぷろぐらまさんのブログは「紙パック」の紹介記事中心で、「寸評」や「評価」などリアルな分析をされて興味深いですね~、こちらこそまたいつでもいらして下さいませ♪

投稿: ルーシー | 2007年1月19日 (金) 21時27分

この記事へのコメントは終了しました。

«   街 の 灯 | トップページ |  十二人の怒れる男 »