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 シーボルト

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今から140年前、日本をこよなく愛した
ひとりのドイツ人医師が亡くなりました。  
博物学者としても知られるシーボルト、
 ――今回はその親日家であった彼の
生涯をたどりたいと思います。

                 

                                     「イラスト - 晩年のシーボルト」

 フィリップ・フランツ・シーボルトは1796年2月、ドイツ・バイエルン州ヴェルツブルクで生まれました。 幼い頃からいろいろなものに興味を示す子供だったようです。 
1815年、ヴェルツブルク大学に入学し医学を専攻しますが、他にも地理や
植物、民族などさまざまな分野にも関心は高かったといいます。 そして
この生来の強い探究心が、その後歴史の表舞台に彼を登場させるのです。

 1822年6月、当時西洋医学の高い知識と技術を備えていたシーボルトは、
オランダ領東インド陸軍外科医に任命されます。 そして、翌年8月には
周囲の協力のもと、長崎出島のオランダ商館医として来日――、
 シーボルト27歳の夏でした。

 シーボルトは医者という立場でしたが、日本への関心が人一倍強い人物
でした。 また、当時オランダは貿易相手国の日本をさらに知ることで日本
の地理や産物、文化などを分析し、商品を揃える必要
がありました。   
 つまり、オランダ政府から見ればそんなシーボルトはまさに適任であり、
うってつけの存在だったのです。 

 彼は商館員の健康管理の維持に努めていましたが、特例により出島以外
での活動(診察や薬草の採集など)を許可されていました。そんなある日、
診察に来ていた16歳の楠本 滝と知り合います――互いに惹かれあう二人
――恋におち、結婚するまでにそう時間はかかりませんでした・・・。

 1824年に入ると、長崎郊外の民家を購入し、日本人の医学の門下生達
へ西洋医学の講義を行います
。(鳴滝塾) 
また、門弟達にさまざまな課題(歴史、地理、生物、文化などなど)を与え
オランダ語でレポート提出させるなど、効率よく「日本」のデータを収集し
研究に役立てます。 
彼の研究は多岐に渡りますが、中でも植物学には思い入れが強くオランダ
へはさまざまな種類の種子を送っています。 
 (のちに刊行する「日本植物誌」により紹介されることになる、妻 “お滝さん”
   から命名したアジサイの学名――「ハイランドゲア・オタクサ」は有名)
 1827年5月、愛する“お滝さん”との間に愛娘 イネ(おいね)が誕生――
この数年間がシーボルトの日本でのもっとも幸せなひとときだったのでしょう。

翌1828年、来日して5年の任期を終えたシーボルトに災難がふりかかります。
 帰国の途につくシーボルト一行を乗せた船(ハウトマン号)が、おりからの
暴風雨により長崎湾で座礁してしまいます。 
そして積み荷から、当時国外へは持ち出しが禁止されていた日本地図や
葵の御紋の入った羽織などさまざまな物品が見つかり没収されるのです
――
                 (シーボルト事件
こうしたことから他国のスパイではないかなどの疑いをかけられ、約1年も
取調べを受けるのです。 その間、自責の念にかられ自暴自棄になる
シーボルトをお滝は懸命に支えるのでした。 

 1829年10月、ついに判決が下り国外追放の身となったシーボルト――
お滝とイネは法律上 連れていくことが出来ず、門人の二宮敬作らに二人の
身を預けます。 
     そして、失意のまま長崎を後にするのでした・・・・・。

 帰国後、シーボルトはその膨大な日本での研究成果をまとめ始めます。  
  集大成とも云える三部作~
「日本」、「日本植物誌」、 「日本動物誌」の刊行を開始するのです。 
また、その他日本についての詳細なデータ満載の彼のコレクションの評価は
高く、オランダ政府はそれら資料を買い上げるに至るのでした。 

日本を離れてからもずっとお滝やイネを想い続けていたシーボルトでしたが、
1845年にベルリンでヘレーネという女性と再婚――
    3男2女に恵まれます・・・。
 
 1840年のアヘン戦争辺りから見られる、欧米によるアジアに対する「開国」
への積極的な動きを危惧したシーボルトは日本の立場を心配し、オランダ
政府や親交のあったアメリカのペリー提督へ向けて、「平和的な開国を」という
旨を進言した
といいます。 
ペリーは1853年に日本へ訪れる前に、シーボルトやケンペル
                            (ドイツの博物学者・医学者)
の著書を熟読し、日本の文化や心情を研究していたと言われています。

 そんな「黒船来航」から6年が経った1859年8月、シーボルトはオランダ
貿易会社顧問として再び長崎の地を踏むのです。
                (長男・アレキサンダーを連れて) 
30年の時を越えて、お滝やイネ、そして恩人となった二宮敬作らと感動の
再会を果たすのでした
――「君たちを忘れたことはなかったよ」 と。 
 出島に戻ると貿易会社での仕事の傍ら、かつて開いていた「鳴滝塾」の
民家を買い戻し診察を行うようになります。 
――3年後の1862年4月、幕府顧問を解雇されるとそのまま帰国――
   この時が日本での最後となりました。

 帰国後は官職を退職し、故郷ヴェルツブルクに戻ります――
                            (のち、ミュンヘンへ移る)
そして1866年10月18日、その人生をかけて日本の研究や医療などに
尽力したシーボルトは70年の生涯を閉じました。
 
彼の研究成果が凝縮された書物とさまざまなコレクションは、欧米をはじめ
世界各国に極東の神秘の国 「ニッポン」を充分に紹介し、認知されるきっかけ
をもたらしました
。 
また、長崎での門弟から二宮敬作や高野長英などの優秀な医学者・蘭学者を
多数輩出するなど、育成への努力を惜しむことはありませんでした。 
娘のイネも二宮敬作らに師事し、立派な産科医となり日本初の女医として
評価されていきます。 
     (公には荻野吟子が女医第1号である)

 その後、イネは父 シーボルトの残した鳴滝の土地の確保や保存に努めます。
 ~現在、シーボルト記念館が跡地とともに現存し観光客でにぎわいを見せ
ますが、これらはイネの熱意ある尽力の 功績とも言えるのでしょう。 

長崎の街並みを一望できる皓台寺に、
        イネは母・滝そして恩師・二宮敬作と並んで静かに眠っています

毎年6月になると長崎市の花でもあり、
        シーボルトの好きだったアジサイ――「オタクサ」
                 人々をそっと見守るように優しく咲き誇るそうです。

                               (敬称略)

  ☆  シーボルト記念館

  ☆  黄昏呆助さんのサイト記事 (荻野吟子、楠本 イネ)

  ☆  ぴのさんのサイト記事 (シーボルト事件)

 

 長崎で出逢った頃、「お滝さん」と何度も愛しく呼んだであろう
        シーボルトを想像しました――
    今回はジョン・レノン十代のときの作品、
              ~恋する気持ちは抑えられない?!

 ☆  I Call Your Name.
  (12弦ギターと間奏でのリズムが粋な、元気いっぱいの曲♪)

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     の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
     掲載になります~ご了承下さいませ。

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歴史」カテゴリの記事

コメント

ルーシーさん、はじめまして!コメントいただきありがとうございます。シーボルトのスケッチはルーシーさんが描いたのですか?素晴らしいですね!お江戸今昔堂のシーボルトの記事は、シーボルトの足跡というよりも、ピンカートンとシーボルトの二人の男の恋愛観でしょうかね(笑)ご紹介されている花の塗り絵、いいですねぇ!曼荼羅塗り絵というのを先日買ったのですが、今度はこれを探してみます。また、よろしくお願いします!

投稿: ユウ | 2006年9月23日 (土) 11時16分

 ユウさん、コメントありがとうございます。 
 
 実は、今回のイラストもどこか劇画調(?)になってしまいました(汗)。
もう少しリアルに描こうと思ってはいたのですが・・・ハハハ。

 はい、「ぬりえ」は最近人気ありますよね!

 ピンカートンのことなど、ユウさんの詳細な記事は勉強になりました。 いろいろなカテゴリーがあり興味深いサイトですね~今後ともどうぞ宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 13時53分

コメントありがとうございます♪

シーボルトのことが、すっごく分かりやすい!
イラストはルーシーさんの手描きなんですか!!!びっくりです。お上手☆☆☆

昔をリードした人たちはやはり“すごい”です。今の時代に生きている偉人は…さて誰なんだろう???

また遊びに来ますね。

投稿: myumyu99 | 2006年9月23日 (土) 14時19分

  myumyu99さん、コメントありがとうございます。

 いえいえ、myumyu99さんのシーボルトの記事もとても分かりやすく工夫されていると思います。
はい、趣味でイラストを描いています。 時どきですが、友人や知り合いの方々から似顔絵や風景などの依頼(?)があると、楽しく描かせて頂いております。

 そうですね~偉人達の足跡は今を生きる我々にとって、とても貴重な指針となる教科書であり宝箱ですね~。
これからも歴史の記事だけではありませんが、
今後ともどうぞ宜しくお願い致しますね!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 14時37分

早速、温かいコメントありがとうございます♪♪

ルーシーさんのおっしゃる通り、偉人達の足跡をたどることですよね   …温故知新…

これからもよろくしくお願いします!!!

投稿: myumyu99 | 2006年9月23日 (土) 14時48分

ルーシーさん、コメントありがとうございました~。

シーボルトさん自身には悪気はなかったのかもしれませんが、地図は軍事利用できますから、やっぱり持ち出しちゃぁ、まずかったですね!

また今度、機会があったら『オランダおいね』さんについても、書いてみてください。

いつも楽しみにしています。

投稿: indoor-mama | 2006年9月23日 (土) 16時45分

  myumyu99さん、ご親切に返信コメント嬉しいです。

 …温故知新… そうですね、日々の生活にどうしても流されやすいのですが、ひと息ついて立ち止まることも必要かもしれません。先人が何かヒントを示してくれるかも・・・

 ネットの空間はそんなひとときを与えてくれるオアシスのひとつかも知れませんよね。
私のブログも大宇宙の中の小さな駅のひとつでありたいです。旅人が一息つけるそんな駅に~。
では、また遊びにいらして下さいませ!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 17時14分

  indoor-mamaさん、いつもコメントありがとうございます。

 シーボルトさんへのさすがに鋭いご指摘~でもホントそうなんですよ、悪気はないと言っても罪なことです・・・。
それにしても、座礁して発覚~悪いことは出来ませんね(汗)、それで彼のイメージはダウンした感もありました。
でも、世界へ日本を詳しく紹介してくれたのでよし(?)としましょう・・・あら、変ですか?(笑)

 おいねさんについては記事中の黄昏呆助さんの記事で詳しく書かれてらっしゃいますよ~。
おいねさんはハーフなだけあってスラッとした美人だったらしいですね~! 

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 17時24分

ルーシーさんコメント有り難う御座います。
 シーボルトのイラストを見た時には、背筋に冷たいものが走りました。
 呆助は「シーボルト事件」と、残されたイネが父親のシーボルトから貰った、銀の匙(薬の調合用)を、櫛の代わりに髪に巻いて挿していたと言う事を知りましたが、其の折りに若き頃のシーボルトの肖像と、晩年の姿を見ましたが、ルーシーさんのイラストが余りに似ているので、自分のイメージと記憶に重なりました。
 日本の近代化に、貢献した「鳴滝塾」の功績は、その後の明治時代に至るも、語り尽きない程で御座います。
 現在は、靖国神社に銅像が建っている大村益次郎と楠本イネの事を書いていますので、ブログに載せる予定でいますが、只、ルーシーさんの様に精細華麗な作品には能力不足で、恥ずかしながら出来ませんが、シーボルトの作品は、感心しながら読ませて頂きました。

投稿: 黄昏呆助 | 2006年9月23日 (土) 18時06分

こんにちは。コメントありがとうございました。
ルーシーさんのブログは事細かに記事にされていて、もの凄く読み応えがありますね♪あとイラストの上手さにビックリです!
これからゆっくりと読ませていただきますね。

投稿: よっちん | 2006年9月23日 (土) 18時44分

こんばんは。
今回はシーボルトですね。
実は私は、晴れた日には長崎の雲仙が望める所に住んでいます。
長崎へはフェリーで簡単に行けるので、何度も訪れているのですが、シーボルト縁の場所を訪れた記憶はないのです。
(たぶん、案内人がシーボルトに関心がなかったのかな)
そんなこんなでシーボルトのことは恥ずかしながらあまり知りませんが、「おたくさ」の話は有名なのでさすがに知っています。
こんど機会があったら、シーボルトの足跡を辿ってみたいと思います。
そのときは、ルーシーさんの記事を再読させてくださいね。
イラスト、細かいところまで神経が行き届いていてすばらしいです。

投稿: スカーレット | 2006年9月23日 (土) 19時03分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。

 記事中、呆助さんの記事を使用(リンク)させて頂いております~事後報告になってしまいすみません。 おかげさまで、荻野吟子・楠本イネのお話に膨らみが増しました!

 仰るとおり、 >「鳴滝塾」の功績は、その後>の明治時代に至るも、語り尽きない程~

そうですね~、西洋医学の普及と認識は確実に高まったと思います。 また、大村益次郎と楠本イネの交流のエピソードも感動しますね。

 大村益次郎と楠本イネの記事をぜひ載せて下さいませ、楽しみにしております!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 20時31分

 よっちんさん、コメントありがとうございます。

 お褒めいただき嬉しいです。 よっちんさんのサイトは地元でらっしゃる長崎の身近な日常を綴られていてとても臨場感があり楽しいですね。
東北在住の私にはとても勉強になるブログです!

 長崎はぜひ一度行ってみたいところですね~、不定期な私のブログですが、今後ともどうぞ宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 20時42分

 スカーレットさん、コメントありがとうございます。

 そうなんですか~、スカーレットさんも長崎の方なんですかっ! そうですよね、ネットの世界は身近な感じで交流(コメント)していますが、実際は北海道~沖縄まで距離があったりしますからね~あらためて(?)不思議な気がします。

 ぜひ、シーボルトの足跡をたどってみて下さい、そして感想をお聞かせ頂けたら嬉しいです。
では、スカーレットさんのイラストも楽しみにしております!

投稿: ルーシー | 2006年9月23日 (土) 20時51分

すみません。
私の言葉が足りずに、ちょっと誤解を生じてしまったようです。
私が住んでいるのは福岡県で、有明海を隔てて遙か遠くに雲仙が見えるのです。
普賢岳の噴火のときは火山灰がたくさん飛んできました。
仲間内で話をするときは何でもツーカーなので、舌足らずでも構わないけど、ブログに記事を書くときは注意しないと伝わらないことがあると言うことを改めて知りました。
これから気をつけます。

それから、長崎行きもいつになることやら。
期待させてすみません。

今日、イラスト更新しました。
どうぞ、ごらんになってください。

投稿: スカーレット | 2006年9月24日 (日) 13時51分

また遊びにきてしまいました。
シーボルトのことって歴史の教科書ではさらりと流してあって、
名前は聞いたことあるけど全然記憶に残ってなかったので、すごい勉強になりました。

それにしてもいろんなこと本当によく勉強されてますねー。
また遊びに来ます。

投稿: チロル | 2006年9月24日 (日) 19時25分

 スカーレットさん、コメントありがとうございます。

 そうでしたか~いえいえ、こちらこそ早合点(?)してしまいましてすみません~!
メールでの多少の誤解はよくあることですよ、どうぞ気にしないで下さいね。

 シーボルトの足跡をたどる云々も、なんか焦らせてしまいすみませんでした~スカーレットさんは優しいんですね、これからもどうぞ宜しくです!

投稿: ルーシー | 2006年9月24日 (日) 19時57分

 チロルさん、コメントありがとうございます。

 そうですね~私も教科書ではほとんど見た記憶がありません、と言うより、実は世界史を専攻していました。(笑)
日本史の教科書は一体どうなのかは分かりませんが、おそらくそれほどページをさいての紹介はないのかも・・・

 私も社会人になってから日本史への興味が増していったので、まだまだ深いところまでは勉強不足かと思います。なので、記事にする場合はあらためて調べたり、確認したりしています~。
ブログで一番勉強になっているのは私なのかも知れません(笑)。

毎回テーマは違いますが、どうぞよろしくお願い致しますね~!

投稿: ルーシー | 2006年9月24日 (日) 20時22分

るーしーさん こんばんは

今日も引越しの続きでした。何もしないのに、人のしていることに気持ちだけ一緒になって疲れています。

シーボルトの歴史を勉強させていただきました。むかし、朝日新聞でシーボルトの続き物があって、「おたくさ」の名前だけは良く覚えておりますがあとはみーんな忘れてしまいました。

研究は好奇心と忍耐でしょうね。

そういえば先日図書館で、土方歳三の研究者で経師やさんおじいさんの対談集を読んでおもしろかったですよ。ルーシーさんのあの記事を読んでいましたからね。

シーボルトについても、ここで大筋のおもしろさを教えていただいて、いつかどこかでシーボルトの記事にに出会うと、よりっそう楽しく興味深く読めるので、このブログは呆助さんのブログと共に本当に役に立っています。

投稿: 貴市呉いちご | 2006年9月24日 (日) 21時36分

こんばんわ!
昔「おいねさん」というTVドラマ見てました。
シーボルトについても機会があれば見たり聴いたりしてました。
進学も長崎を希望していたんですよ。^-^
なんだか、憧れる街です。今も。
また、改めてうれしく読ませていただきます。

投稿: pinkkitty | 2006年9月24日 (日) 22時31分

 いちごさん、いつもコメントありがとうございます。

 ご友人の引越しのお手伝い、お疲れ様です。
筋肉痛などは大丈夫でしょうか?(笑)

 土方歳三の義に生きた壮絶な生涯もまた、敵・味方問わず感銘を与えたのでしょうね。
今回のシーボルトの生涯は、あらためて調べたことも多く、私自身勉強させて頂きましたね~こうしたメリットもあるのですね(汗)。
 実は、次回ご紹介予定の方は特に思い入れの強い素敵な心を持った人物なんです~お楽しみに!

投稿: ルーシー | 2006年9月25日 (月) 05時34分

 pinkkittyさん、コメントありがとうございます。

 >「おいねさん」というTVドラマ~

 すみません!それは見ていません、知りませんでした~っ。(汗)おいね役はどなただったのでしょう、興味ありますね~再放送してほしいです。

 長崎へ進学希望でしたか~私は実際行ったことはないのですが、ハウステンボスも含めていつかゆっくり行って見たい所です、ホント。街並みや風景が当時の面影を残しているそうで憧れますね~! また、いつでも気軽にコメントお願い致します、私もおじゃましますね!

投稿: ルーシー | 2006年9月25日 (月) 06時04分

ルーシーさん、こんばんわ!
「オランダおいね」でした。^-^;丘みつこさん。調べてきました。
電車にも乗ったんですよ。結局受験は落ちて広島へ進学しましたが。(笑)
後にまた長崎へ行ったときはグラバー邸への長いエスカレーターができていたように覚えてます。
残念ながらハウステンボスができてからは訪れてませんが。
異国情緒は素敵ですね。
そうそう小さな出島を見ましたね~。(しみじみ)

投稿: pinkkitty | 2006年9月25日 (月) 22時30分

 pinkkittyさん、おかようございます。

 丘みつこさん主演のドラマなんですね~わざわざ調べていただきすみませんでした!
広島も素敵なところですね、広島もゆっくり訪れたいところです。
グラバーさんですか~記事に、と考えてたのですが機会があれば~と思います。

 仰るとおり、異国情緒たっぷりの長崎――浪漫を感じます。(しみじみ~笑)

投稿: ルーシー | 2006年9月26日 (火) 06時51分

長崎は広島と並び、私を育んでくれた町です!
シーボルトほど日本を知り、愛した人はいないと言われるほど、日本人にも親しまれていますね!

歴史は偉人を必ず評価するということそのものです。ルーシーさんの記事のわかりやすくて、この心に残ること。。。

楽しみにさせていただいてます^^

投稿: なすか | 2006年9月26日 (火) 23時00分

 なすかさん、コメントありがとうございます。

 長崎も広島もとても情緒ある風情を残す素敵な町ですよね~いつかゆっくり観光したいです!
 
 シーボルトへの評価が分かれることもありますが、純粋にあれほど日本を研究した人物も少ないでしょうし、もっと認識が広がるといいですね。
私の拙い記事がほんの少しでも彼への関心につながると嬉しいです。

今回のトラバはなにやら「理科室の怪談・・・」とありますね~気になります~早速伺いますね!

投稿: ルーシー | 2006年9月27日 (水) 20時33分

こんにちはー。
シーボルトっていうと、なぜか、昔図鑑で見た「シーボルトミミズ」っていう巨大なミミズのことを思い出してしまいます。それ以来、大きなミミズを見るとシーボルトの名前は思い出すんですが、シーボルトのことは詳しく知りませんでした。勉強になりました。

投稿: muse | 2006年9月28日 (木) 12時45分

長崎が母方の田舎なので、小さいころは毎年帰っていました。異国情緒あふれる長崎が今でも大好きです。
うう~~いつもいつも なんて為になるのでしょうルーシーさんに感謝。。

昨日ジャズライブに行ってきました。楽しかったです。音楽ってジャズっていいな☆

投稿: teru | 2006年9月28日 (木) 18時52分

 museさん、コメントありがとうございます。

 うわぁ~っ、「シーボルトミミズ」は勘弁してくらさい!(笑)、昔から昆虫やミミズとかって苦手ですね~(汗)。しかも、「シーボルトミミズ」はかなりでかいミミズですし・・・絶句。

 話は変わって(笑)、今回のジョンのスーパー・ライヴはまたまた豪華な出演陣ですね、来年は参加したいところです~!

投稿: ルーシー | 2006年9月28日 (木) 20時46分

 teruさん、こんばんは。

 お母様の故郷が長崎なんですか~ご先祖さまを遡っていくと、もしかしてシーボルトさんやいろいろな偉人達と面識があったり、なんてこともあるかも知れませんね。
 異国情緒あふれる長崎~北海道の小樽と並んでレンガ造りの街並みをイメージしてしまう風情ある素敵なところですね。

 teruさんはジャズも聴くんですね~いろいろなことに詳しいなんて(お若いのに)尊敬です~ジャズライブいいですね。どんな方を主に聴くのですか?私は主にコルトレーンやエヴァンスあたりですね~。

投稿: ルーシー | 2006年9月28日 (木) 20時53分

こんばんわ!
先日は私のブログにお越し頂き、ありがとうございました。
そして、お礼に来るのが遅くなってしまい申し訳ありませんm(_ _)m

それにしてもシーボルトのこと、よく調べられましたね~
地元人でありながら、「おお~そうだったのか」と改めて知ることも。。。

「シーボルト記念館」は鳴滝の地に、なかなか趣のあるたたずまいですよ。
電停から記念館まで、少し距離があってわかりずらいかもしれませんけど、
もっとシーボルトに近づくことができますので、機会があったら、是非いらして下さいね。

投稿: ももっち | 2006年9月28日 (木) 21時59分

 ももっちさん、コメントありがとうございます。

 仰るとおり、「シーボルト記念館」は閑静な佇まいで、情緒を感じる最適な観光場所のひとつのようですね~ぜひ行ってみたいです。
 そうですね~東北からは距離がありますが、いつか連泊での観光を計画してハウステンボス含め、ゆっくり足跡をたどりたいと思っていますよ~!

 ももっちさんのサイトは時事ネタなど豊富なテーマで楽しい記事が多いですね~今後ともどうぞ宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年9月28日 (木) 23時02分

描いちゃいました。ジャズ・ナイト

一緒にいてくださった。ジャズシンガーさんのもんちさんです~~。美人です☆

投稿: teru | 2006年9月29日 (金) 18時47分

 teruさん、コメントありがとうございます。

 もんちさんって相当綺麗な方なのでしょうね、teruさんがほめまくって(笑)ますからね!

 これからブログにお邪魔しますね~!

投稿: ルーシー | 2006年9月30日 (土) 02時26分

こんにちは
今年のキレイな紫陽花に興味をもったら
シーボルトにたどり着きました。
紫陽花に流れる雨が遠く離れたシーボルトを想うお滝さんの涙にも見えるのは私だけではないでしょう。
ブログにお越しいただきありがとうございます。
シーボルトについてあまり詳しく知らなかったので こちらでいっぱいお勉強させていただきました♪

投稿: | 2006年10月 4日 (水) 03時04分

 姫さん、コメントありがとうございます。

 >キレイな紫陽花に興味をもったら
シーボルトにたどり着きました
 そうでしたか~毎年6月ごろのアジサイは見事ですよね!
姫さんの記事のアジサイのフォトは色鮮やかで、初夏を思い出しました。
 >お滝さんの涙にも見える~
 たしかにシーボルトを想ったとき、不思議と雨つゆはお滝さんの涙にも感じられます~文学的な綺麗な表現ですね~!

こちらこそ、これからも宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年10月 4日 (水) 20時22分

お訪ねしてみました。ご案内いただいたのはグレース・ケリーの記事ですが、なんとなくこちらにコメント。日独関係ではシーボルトは欠かせない人物ですから。
 ヴュルツブルクには行ったことあります、記念館はあいにく行ってませんけど、記念碑は見ました。しっかり日独両方の言葉で書かれています。
 語学研修で行ったライン河畔のボッパルトという小さな町にも、シーボルトの住んだ家があるというのですが、これまた未見です。
 ほかの記事も拝見しますね。

投稿: レーヌス | 2006年10月21日 (土) 18時02分

 レーヌスさん、コメントありがとうございます。

 そうですか~シーボルトの故郷ヴェルツブルクへ行かれたこともあるんですね~羨ましい。
 日独の言葉で書かれているのは嬉しいですね。
あの事件により翻弄された感のある彼ですが、研究資料のまとめはしっかりとされていてさすがでした。
いわば、彼は親善大使的な役割を担っていましたね。

 他の記事へもどうぞお気軽にコメント入れてくださいませ。今後とも宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年10月21日 (土) 20時32分

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