平塚 らいてう
「イラスト ― 晩年のらいてう」
先日、職場の女性がこんな感じでぼやいておりました。
~「明日、パート契約の更新だよ。時給が上がるわけじゃないし面倒なんだよね~、男の人は社員になりやすいしいいなぁ~。」~と、何気に聞いていましたが、
「男の人は~」という言葉に考えさせられましたね。
最近は男女の雇用の機会に差がなくなっている感覚でしたが、まだまだ実状
としてはそのパートの方の話す内容が本当のような気がしたのです。
そして、今風(?)に言えばフェミニズムやジェンダー(社会的な性別)論にも関連
する歴史上のある女性の名前が思い浮かびました・・・。
女性解放運動や平和活動で知られる「平塚 らいてう」(敬省略)です。
「平塚 らいてう」<らいちょう - 本名:奥村 明(はる)>は1886年2月、東京
の麹町に生まれました。 らいてうは、大学在学中(現:日本女子大)からそれまで
の封建的な男性社会や良妻賢母という言葉などに違和感を感じ始めていました。
女性としての尊厳(権利)と社会的自立を改めて理解しようとしたのです。
そんな折の1908年、恋中となった作家の森田草平と心中未遂事件を起こし
ます。(塩原事件 - 当時、スキャンダラスな出来事として世間の注目を浴びる、
煤煙事件とも言う)
1911年、女性初の文芸誌となる「青鞜」(せいとう)を創刊。(青鞜社を結成)
有名な「元始、女性は実に太陽であった」という印象的な創刊の辞を発表し、
女性解放運動を促します。 これは、当時「大正デモクラシー」という比較的穏やか
で民主的な時期にあって、各方面に衝撃を与えた出来事でした。
(また年下の画家である奥村博史と同棲し、「若いツバメ」という言葉も話題となる)
1918年、創刊時に詩を寄せた同士でもあった与謝野晶子と、母性と経済的
自立に関する論争を展開します。(母性保護論争)
晶子が「婦人公論」などの大衆紙に持論を掲載し、らいてうが反論を掲載する
(スウェーデンの女性思想家エレン・ケイの著作から影響を受けていた)
というやりとりが行われたのです。 らいてうと晶子は対照的な生い立ちであり
双方の意見とも説得力はありましたが、他の多数の女性運動家とも絡んだ
論争になったため、この一連の経緯が結果的に女性問題へ世論の関心を誘う
きっかけとなったことが重要なことであったと思います。
1920年(1919年とも言われる)、戦前で唯一の女性の団体である
「新婦人協会」を結成します。(市川房江らと) らいてうと房江はしばらくすると
対立し、それぞれが会を離れます。 しかし、後任の奥むめおなどの同士達は
粘り強く運営を続け、婦人の参政権獲得の為~ついに「治安警察法 第五条」
の一部改正に成功するのです。
時は過ぎ、1941年に始まった太平洋戦争は、3年と8ヶ月にも及ぶ死闘の末
ようやく終戦を迎えますが、この凄惨な戦争という過ちからは、らいてうもまた
平和を願う強い意識に目覚め、女性主義のみならず平和憲法を軸とした
非武装・中立を訴え始めるのでした。
1953年には、「日本婦人団体連合会」の会長、「国際民主婦人連盟」の副会長
を務め、軍縮や安保廃棄を主張。 1955年、科学者を中心とした核廃絶を
求める「ラッセル・アインシュタイン宣言」(アインシュタインの記事参照)が発表
されると、らいてうも湯川秀樹ら知識人と「世界平和アピール七人委員会」を結成
し、紛争などの平和的解決の重要性を唱えます。
その後ベトナム戦争が始まると、「ベトナム話し合いの会」を結成するなど、
反戦・平和を訴えるのでした。 女性の権利と自立、そして反戦と平和を終生唱え
続けた平塚らいてうは、1971年、ベトナム戦争の終結を見とどけることなく
その生涯を閉じました ――享年85歳。
彼女の唱えた二つの大きなテーマ~女性の尊厳と自立、そして反戦と平和は
世界が未だに問題を残している人類の課題だと感じます。
男女雇用機会均等法のもと、女性の社会進出目ざましい現代であっても、実際
には冒頭に述べたようなことが身近に存在していますし、戦争や紛争などは
絶えず起きているというような悲しい現状です。
特に後者は民族や宗教、そして互いの利害などの複雑な要因が絡むため、
時代が変わってもなかなか各国の緊張は解けずにいるのです。
――先人達は今の状況をどんな気持ちで見守っているのでしょう――
☆ 関連する専門サイト 平塚 らいてう の会
今日の選曲は、ジョンのソロ曲です~!
☆ Woman. (1980年のジョン・レノンの遺作となった
「ダブル・ファンタジー」中の美しいバラードです!)
|
金いろの自画像―平塚らいてう ことばの花束 販売元:大月書店 |
※ なお、頂いたコメント、トラック・バックはスパム対策
の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
掲載になります~ご了承下さいませ。
| 固定リンク
「歴史」カテゴリの記事
- リンカーン(2006.06.11)
- 白州 次郎(2006.08.10)
- シーボルト(2006.09.23)
- 金子 みす ゞ (みすず)(2006.09.30)
- 石川 啄木(2006.05.25)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
ルーシーさん こんにちは
私の最も尊敬する偉人?です。自ら選び取っていく姿勢が好きです。とらわれないところが好きです。
晩年のらいてうのお顔、あごからほほにかけて、ああ、と思いましたよ。
『金いろの自画像』買ってみようかなと、思いました。
投稿 いちご | 2006年6月18日 (日) 14時52分
ルーシーさん、こんにちは。
まるの友達に「神近」という姓の人がいて、
神近市子の同郷の佐賀県出身でした。
神近市子も火のように情熱的な性格だったらしいのですが、平塚らいてうもまた、生々しいばかりの人間らしい魅力を持ってますね。
エネルギーの満ち溢れている人が
なしえる偉業は実に、面白いですよね。
投稿 まる | 2006年6月18日 (日) 16時53分
いちごさん、コメントありがとうございます。
平塚さんも市川さんも近代日本を代表する女性解放運動家ですが、フェミニストや女性~という表現自体がまだ封建的な名残も感じて、私はすすんで使う気があまりしませんね~。(記事では使用していますが・・・)
性差で人を区切るのではなく、やはりその人物の人柄で判断したいところです。 余談ですが、私は昆虫が苦手ですので、「男のくせに~」と言われると苦笑いするしかありません(笑)。
投稿 ルーシー | 2006年6月18日 (日) 20時32分
まるさん、コメントありがとうございます。
なるほど、神近姓は九州に多いようですね~。 神近市子も「青鞜」をきっかけに歴史の表舞台に出てきたひとりですが、仰るとおり情熱的な面と知的さを備えた人間らしい方だったようです。 また、時代背景とはいえ、大杉栄という人も悲劇的な印象のある人物でした。
余談ですが、日影茶屋は名物の大福がとても美味しいと友人から聞いております。 大正ロマンを感じながら、いつか寄ってみたいお店ですね~、ではまた起こし下さいませ!
投稿 ルーシー | 2006年6月18日 (日) 20時45分
こんにちは らいてうの似顔絵ありがとう。
上田の「らいてうの家」へ、ぜひお出かけください。長野新幹線上田駅下車、タクシーで40分
あずまや高原にあります。菅平口で鳥居峠方面へ右折。5~6分進むと左側に「あずまや高原ホテル」という看板に出会います。その看板にしたがってさらに7~8分坂道を登っていくとホテルへ到着。ホテルと庭続きで「らいてうの家」が経っています。土・日・月の3日間10時~16時まで
開館しております。 お待ちしております
投稿 上田のらいてう | 2006年6月18日 (日) 22時41分
ルーシーさん、コメント、ありがとう。やや古くなった記事に注目してくれて、嬉しく思っています。
徐々に上がってきたとはいえ、女性の立場は依然として厳しいものがあるようです。
過去の人たちが頑張ってきたように、これからも、それぞれが精進し、主張していくしかないのでしょう。
投稿 やいっち | 2006年6月19日 (月) 01時49分
ルーシーさん、こんばんは。
平塚らいてうというと、学校で習った青鞜社のことくらいしか知らなかったのですが、戦後も平和に向かっていろいろ活動をしていたんですね。なるほどー。
男女による区別というのはなかなか完全にはなくならないものですね…。これからも課題の一つとして話し合っていかなければならないでしょうね。
投稿 ぴの | 2006年6月19日 (月) 02時22分
上田のらいてう(らいてうの家)さん、コメントありがとうございます。
10年ほど前ですが、仕事で上田や菅平、お隣の群馬の嬬恋村に3ヶ月滞在していました。 北軽井沢にもほど近く、とても自然がいっぱいで白樺林も綺麗でしたね~。
現在は東北に居住していてなかなか伺う機会がありませんが、是非らいてう先生の情熱を継承されている「らいてうの家」には立ち寄りたいと思っています! その時には、どうぞ宜しくお願い致します~!
投稿 ルーシー | 2006年6月19日 (月) 20時23分
やいっちさん、TB&コメントありがとうございます。
そうですね~平等な優しい社会を願いたいです。
富山でタクシー・ドライバーをされているそうで、かなり地理にお詳しいのでしょうね~、一時期タクシーの運転手に憧れた私ですので羨ましいです。
実は、富山へはまだ行ったことがないのですが、立山や黒部ダム、そして歴史好きの私は、倶利伽羅古戦場や高岡大仏も観て廻りたいコースですね~ではまた伺いますね~!
投稿 ルーシー | 2006年6月19日 (月) 20時39分
ぴのさん、コメントありがとうございます。
私も学校ではほとんど習った記憶がありませんでした(笑)。 けれども、社会人になりいろいろな方と出会い、影響を受けながら自然と学ばせて頂いていた気がします~。
やはり、自ら興味や関心、問題意識を持ったことについては吸収が早いんですかね~、その代わり興味を持てないことには疎くもなりますが(笑)。 偉人達はもちろん、周りのいろいろな方との出会いが私を育ててくれています~感謝、感謝。
ではまたサイトにお邪魔しますね~!
投稿 ルーシー | 2006年6月19日 (月) 20時47分
はじめまして。コメントありがとうございました。らいてう先生起草の雑誌「青鞜」創刊の辞を見ても、その女性の意気がよくわかりますね。
またサイトにお邪魔いたします。
投稿 野坂 弦司 | 2006年6月20日 (火) 14時54分
ルーシーさん、お訪ね&コメントありがとうございました。
もう随分前の記事で、書いた本人はすっかり忘れていたもの。掘りおこしてくださったみたいでうれしいです。
ちょうど、ここ数日間で上野千鶴子さんの本を続けざまに3冊読み終えたところです。
らいてうさんと上野さんでは大きく時代が異なっていて比べようもありませんが、
私はらいてうさんのあの気品と気高さを具えた創刊の辞が大変好きです。
投稿 sakuraasako | 2006年6月20日 (火) 22時49分
野坂 弦司さん、コメントありがとうございます。(手違いで?コメントを2つ入れてしまい、すみませんでした・・・)
そうですね~創刊の辞だけでも主旨が強く伝わるような名句だと思います。 そして、それに向けて有言実行した生き様には頭が下がる想いです。 男性だから、女性だから、は身体的な違い以外はあまり意味を成さないのかもしれませんね。
コイン・パーキングの有意義な活用の記事は説得力がありますね~、なるほど有限の土地活用として将来性のあるビジネスのようです~ではまた伺いますね!
投稿 ルーシー | 2006年6月20日 (火) 22時56分
sakuraasako さん、コメントありがとうございます。
インパクトのある創刊の辞~あの文章から何かを感じることの出来る人は素敵だと想います。実際、知り合いの方であの文章がよく分からない~という方もいましたし(汗)。
上野千鶴子さんの本のタイトルは忘れてしまいましたが、以前読んで印象に残る内容がありました。 ~「慰安婦」は女性にとって「人権侵害」であるならば、「兵士(兵隊?)」は男性にとって「人権侵害」であろう~、と、たしかこのような意味の言葉です。
とてもストレートな意見・風刺をされる方という印象ですが、広い視野から的を射た鋭い発言が多く、人気があるのだと思いますね。
では、またお邪魔致します~!
投稿 ルーシー | 2006年6月20日 (火) 23時28分
こんばんは~!
彼女は大学時代の課題として取り組みました。
懐かしい~!!
シャインでも女子はなかなか認めてもらえませんね、まだまだ。
海外も一見地位が平等に見えるけど
見えるだけでまだまだ。
平塚らいてうさんが想像した世界には
まだ実際遠いのかな~なんて思ったりもします。
投稿 tiger eyes | 2006年6月21日 (水) 00時37分
ルーシーさん、こんばんは~。平塚さんってこんなお顔だったんですね。「元始、女性は実に太陽であった」の言葉は知ってたんですが、お顔のほうは・・・市川房江さんとごっちゃになってたようです。(#^o^#)
今回まじまじと、じっくりと、お顔を拝見させていただいて、よ~く目に焼き付けておきます。
投稿 indoor-mama | 2006年6月21日 (水) 02時36分
こちらでは初めまして、ルーシー殿。私のブログにおいで戴いたあの日、偶然にも私はLucyというバンドのライブに出掛けておりました。
こちらのブログをすべて拝見致しました。扱っておられるテーマがとても興味深く、一気に読んでしまいました。平塚らいてう先生の記事、おっしゃる通りかと思います。法律や言葉の上では確かに男女は平等になったのですが、社会的にはまだまだ女性がやりたい仕事を自由に何でも出来るシステムが確立されてはいないと感じます。その矛盾こそが少子化の遠因ではないかしらと。
美空ひばりさんの記事も興味深いです。NHK教育で『私のこだわり人物伝』という番組を製作していますが、少し前に美空ひばりさんを一ヶ月(4回)に渡って特集しておりました。御覧になりましたでしょうか?
やはり、東京ドームコンサートのお話は壮絶で、感銘を受けたものです。究極のプロの歌い手美空ひばりさん、何年先でも忘れ去られる事はないでしょうし、若い新しいファンも獲得できそうな偉人ですね。
お次はどのような方を取り上げられるのでしょうか?楽しみにしております。
投稿 巴英 | 2006年6月21日 (水) 16時10分
tiger eyesさん、コメントありがとうございます。
お久しぶりです~時折記事を拝見していました、今は「台湾紀行」ですね~(笑)。 海外に精通しているtiger eyesさんから見ても、女性の地位は各国微妙に違うんですね~。
以前、友人の手伝いでカップ・アイスの梱包をしましたが、簡単なライン作業なのにベテランのおばさま達に追いつかない感じでしたし(笑)、スタミナも凄いものがありましたね~、私もスポーツは得意な方でしたし、そんな例からも身体的に男性が優位という概念もあてにならないようです。
では、またお邪魔致しますね!
投稿 ルーシー | 2006年6月21日 (水) 20時21分
indoor-mama さん、コメントありがとうございます。
私も一時期ですが、平塚らいてうさんと市川房江さんのお顔がごっちゃになって(笑)いたりしてましたね。 お二人とも、白髪に眼鏡をかけられていましたし、写真自体が実は少ない気がします。
今回のイラストも小さなあまり鮮明ではない写真がもとでしたので、似ている(?)かどうかは何とも言えませんです~(汗)、あまりまじまじと見つめないで下さいね~(笑)。
投稿 ルーシー | 2006年6月21日 (水) 20時30分
巴英 さん、コメントありがとうございます。
そうなんですか~Lucyというバンドはどんなジャンルのグループなのでしょうか?
ブログの記事をすべて~、本当ですか、ありがとうございます~!嬉しいですね~、ひばりさんを越える歌姫は出てこないと思いますね、越える人って想像が出来ません。
『私のこだわり人物伝』という番組は残念ながら見ていません~再放送があれば、と思っていますよ~。 ええ、いつのまにやら「人物伝」のようになっていました(笑)、時間のある時のアップになってしまいますが、よろしければ末永く見て頂けたら嬉しいです。 では、またお邪魔致しますね~!
投稿 ルーシー | 2006年6月21日 (水) 20時41分
ルーシーさん、ブログにコメントありがとうございました。男の方と知って、びっくり!!
すごいブログですねー。趣味も多様だし、記事の内容も深いですね。私のようなおふざけブログにコメントを残していただいて、恐悦至極です。よかったらまた遊びに来てください。
私も来させていただきます。
社会人を約14年やっておりまして思うことは、男女の『差別』はあってはならないが、『区別』はあってよい、と。何でもかんでも、”女性差別だ”と反対するのはよくないと思います。ミスコンだって、出たい女性がいるんだからいいじゃないですか!って話題、古すぎ?
男性には向かない仕事、女性のほうが得意とする仕事は数多くありますし、逆もまた然り。
それに、やはり個人の能力が大きいですよね。
だから、『女だからダメ』と”女”のカテゴリーで切り捨てられるべきではありません!
最近は”女性のお客様半額”などと、男性にとっては「ええー、ずるいよ」と思われることも多いのでは??(笑)
投稿 香 | 2006年6月22日 (木) 14時23分
香さん、コメントありがとうございます。
いえいえ、多様かも(?)しれませんが、まだまだ深い内容には至っておりません(汗)~その方の生い立ちや人生の概要を紹介させて頂いて、さらに興味を持っていただけたら~と思いながら記事にしております。 もちろん、敬意を持ってイラストも文章も丁寧に~とは心がけていますね。
そうですね~「差別」と「区別」は分けて考える必要はありますね、仕事にも向き不向きや本人の努力など、さまざまな要因も絡みますね~、ハハハ、居酒屋で特定曜日に女性はカクテルが半額~!とか目にすると苦笑いです、ホント。
香さんのブログで、「ヒヤリ・ハット」と「腸内洗浄」の記事を楽しく拝見致しました~ではまた伺いますね!
投稿 ルーシー | 2006年6月22日 (木) 20時55分
ルーシーさんこんばんわ~!
昨日こちらに寄らせて頂いた時に、平塚らいてう
の記事があることに気が付いて、早速今読みました。
以前、瀬戸内晴美さんの”美は乱調にあり”という
作品を読んだ時にも、らいてうさんのことが
盛り込まれていた記憶がありましたが、この時代から太平洋戦争が終わるまで、現代では想像出来ないほどの多くの弾圧や闘争がありましたよね?
しかし、そういった時代だったからこその、
とても魅力的な人たちが多く育まれたのかもな、とも思えます。
その中で、私自身が影響を受けたというか深く
心に残っている人は作家の小林多喜二です。
思想的な一致はないですが、人間性や意志を
全うする姿勢など、でもやはり壮絶な最期を
遂げたゆえにインパクトも強いのかもしれま
せんが・・。
それにしても、大正ロマンといわれるあの時代
には何ともいえないノスタルジーを感じます。
映画や読書が楽しいのは、その時代の息吹を
体験できることですね。
その意味で、この記事に関係ないですが
”カイロの紫のバラ”って映画ご存知ですか?
個人的にとても好きでした~☆
投稿 ひーちゃん | 2006年7月28日 (金) 20時33分
ひーちゃんさん、コメントありがとうございます。
らいてふ先生の記事へもコメント嬉しいです~そうですね、当時はかなりの弾圧や統制があり、ジャンルを問わず、活動家は取り締まられましたね~。
そういう意味からでも小林多喜二さんの事件は衝撃的でしたし、今では考えられない出来事でした。 「蟹工船」もショッキングな作品でしたが、プロレタリア文学の第一人者であった彼は余計にマークが厳しかったのでしょう。
”カイロの紫のバラ”ですが、すみませんまだと言いますか観ておりません~どんな作品なのでしょうか?
お時間ある時にでも教えて下さいませ!(笑)
投稿 ルーシー | 2006年7月28日 (金) 20時44分