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石川 啄木

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天才詩人(歌人)と呼ばれる石川啄木(本名:石川 一)は、1886年(明治19年)、岩手郡玉山村渋民(現在の岩手県盛岡市玉山区日戸)で生まれました。 
幼少の頃は神童とも呼ばれていたそうです。
 盛岡中学(現在の盛岡一高)在籍時には、のちの妻 「節子」や「金田一京助
、そして「野村胡堂」らと知り合います。 が、1902年10月に成績不振や欠席
の多いことなどから退学となります。

 その後、文学で身を立てる覚悟で上京し、与謝野鉄幹・晶子夫妻を訪れたり
しますが、うまく仕事には就けなかったようです。 
翌年には帰郷し、地元紙の「岩手日報」へ短歌を発表、そして1905年3月に
衝撃的な出来事が起こります。 
啄木の父が宗費滞納のため、住職をおわれるのです。  
この頃から啄木の悲運な人生が始まったと言っても過言ではないでしょう、
一家の大黒柱として家族を扶養する生活が必然的に訪れたのです。

 同年5月、詩集「あこがれ」を刊行。 またこの頃 節子と結婚し、盛岡で暮らし
始めます。 1906年4月には、渋民尋常高等小学校の代用教員として勤務
彼にとってはひとときの安定した生活の時期でした。 しかし、翌年には函館で
代用教員、新聞記者
として生活を始めます。 

 1908年8月に「函館大火」に遭い、小樽、釧路を転々として翌年にはまた
上京するのでした。 1909年4月、東京朝日新聞社の校正係として勤務。 
(この頃、先輩の金田一京介に世話になりながらも芸者遊びで借金もできる)
 「スバル」を創刊後、家族を迎え本郷で暮らしますが、嫁姑関係がこじれ節子
が盛岡へ帰ります――(後に金田一の尽力で戻る)

 1910年、初めての歌集 「一握の砂」 刊行。 
(当時起こった 「大逆事件」 の影響から、社会主義思想へ傾倒) 
 翌年からは体調も思わしくなく、薬代も度々底をつく苦しい生活を続ける
のでした。 また、家族内でも病は続き、前年の長男の死や1912年には母も
亡くなります
。  そればかりか啄木自身も肺結核により、母を追うように
4月13日に力尽きるのです
。(享年 27歳)  
皮肉にも、死後すぐに次女が誕生し、歌集 「悲しき玩具」 も刊行されるのでした。
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簡単な説明になってしまい、啄木を
とりまく人々の懸命な助けがあった
こと
などは割愛させていただきました
が、当時はまだまだ経済的な弱者を
サポートする制度は今ほど整備されて
おらず、啄木のように薬ばかりか食料
も満足に口に出来ない人々も存在
したと聞きます。
 
啄木は三行書きの短歌を歌壇に影響させるほど広めたり偉大なる詩人歌人
として死後は研究され開花しました
が、彼がもっと長生きしていたら
どんな歌を詠んだのか――と考えると、結核(当時は不治の病)といえど
制度がもう少し早く整備されていたら・・・・・という想いがよぎってしまうのです。

 これらは、いかにしっかりした福祉や医療制度が大切かを時代を超えて
物語っているのです。 歴史は単に昔あった出来事を知る暗記分野の教材
ではありません。 過去に起こった事象をいかにその時代と照らし合わせ、
教訓として生かしていくかという、先人達の贈ってくれた生きた教科書である
と思うのです。 

 啄木のお墓は函館の立待岬に静かに建っています。 
その墓標には 「一握の砂」 から
 
 「東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる」 
の歌が
                                     刻まれています。 

  
  
  ☆ 関連する専門サイト   石川啄木 記念館

                    石川啄木 函館記念館

                    盛岡 てがみ館


 今夜の選曲は、ビートルズの絶頂期にありながらジョン・レノンが物静かに
 回想する叙情詩的名曲です~♪

 ☆ In My Life.    
(有名な間奏のバロック風ピアノ・ソロは、言わずと知れた名プロデューサー
  のジョージ・マーティン師匠ですね!)

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 ☆ 夭逝した天才詩人~啄木が生活を、そして貧困を切なく詠む「悲哀」ある
   名歌集です。

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   の為(最近多いんです)、確認をさせて頂いてからの
   掲載になります~ご了承下さいませ。

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歴史」カテゴリの記事

コメント

こんばんわ。岩手の盛岡市は啄木との関わりが深く、
とくに今年は生誕何年だかで、いろいろと企画
があるみたいです。

投稿 あじっこ | 2006年5月25日 (木) 21時26分

きつつきという鳥は、樹に穴を開けるそうですが、名は体をあらわすというか、啄木も社会のどてっぱらに、穴をあけつつ、甘い歌も、美しい歌も、切ない歌も、辛らつなうたも見事に詠んで、ひとびとを感動させて、さっさと死んでしまいました。その割にはその容貌はすっきりと、淡白に見えました。イラストがちょっと忘れていた歌人を思い出させてくれました。上手いなあ。

投稿 いちご | 2006年5月25日 (木) 23時23分

 あじっこさん、コメントありがとうございます。
そうらしいですね、石川啄木生誕120年ですもんね~、しかも宮澤賢治も生誕110年ということで、併せていろいろな催しがあるようです。
 私も時間が許せば関連したイべントに行ってみたいですね~、ではまたお邪魔しますね!

投稿 ルーシー | 2006年5月26日 (金) 00時14分

 いちごさん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおり、まさしく啄木は「きつつき」かも知れませんね、「大逆事件」の頃はかなり政府への苛立ち?も感じさせますし、彼の作品にも影響もあるようです。
 何より晩年の生活苦が切なく、運命とは残酷であると感じます。 天国では家族みんなが楽しく暮らし、好きな短歌を毎日創作していることでしょうね~。
 すみません、ちなみにこのイラストは10年ほど前のもので、あまり似ていないリスト(笑)に入れているものなんです~、あとでもっとちゃんと啄木を描いてみようと思っています(汗)。

投稿 ルーシー | 2006年5月26日 (金) 00時24分

ルーシーさんコメント有難う
東海の 小島の磯の 白砂に われ泣きぬれて 蟹とたはむる
いい歌ですネ

投稿 YuuYuu | 2006年5月26日 (金) 16時59分

 YuuYuuさん、コメントありがとうございます。
全国?を旅行されている様子で羨ましいですね~。
 私もいつかゆっくりと国内旅行三昧(笑)してみたいですね。 狭い日本とはいえ、行っていない場所は星の数ほどありますし、歴史に関連したところであればなおさら興味がありますね。
 ではまたお邪魔いたします~!

投稿 ルーシー | 2006年5月26日 (金) 17時34分

コメント有り難うございます。立派なブログに感心しました。私は、ボランティアで毎月。ハガキや手紙を、介護老人福祉関施設の高齢者に、仲間と毎月ハガキ等を出していた時の6年間の原稿をブログに並べただけなので、お恥ずかしい状態です。時々勉強させて戴きます。

投稿 黄昏呆助 | 2006年5月26日 (金) 18時50分

ルーシーさん

イラスト、いいですね

啄木って、僕も好きなんです。
世間では評価は分かれているようですけどね

僕は好きだな
芸術家の常で生きている時に評価を得られないってのは本当に悲しいですよね。
作品を世にだして、その評価を己の目で確かめてから死にたいってのが人情でしょうし…

逆に人の評価ほどうつろいやすいものはないし…

投稿 Martin古池 | 2006年5月26日 (金) 18時51分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。
 いえいえ呆助さんのサイトの記事の文体と言いますか、文章はとても丁寧で分かりやすく~それなので私は思わずコメントを入れさせて頂いたのです。私の方が勉強させてもらい、感謝していますよ~。
 介護業界でのボランティア活動だなんて素敵ですし、なかなか出来ることではありませんが、これからの時代は特に高齢者の増加による介護の現場がとても重要になってきますし、私も注目している仕事ですね~、これからもどうぞ宜しくお願い致します!

投稿 ルーシー | 2006年5月26日 (金) 20時57分

 Martin古池さん、コメントありがとうございます。
 古池さんの音楽グループ「かざぐるま」のメンバーの方々や、友人達、ライヴでのエピソードなど興味深く拝見致しました。 偉人のみならず、当然ですが皆ひとりひとりが様々な濃密な人生を送っているのだなぁ、と改めて感じました。
 私などははたしてエピソードを語れるほどの体験をしているのか、と考えますとお恥ずかしい限りですね。

 文学も音楽も絵にしても、芸術とは感性の領域が多く占める分野で大変厳しい世界ではありますが、お好きな音楽で生活されている古池さんは羨ましいなぁ~と思いました、これからも頑張ってください、応援しております!

投稿 ルーシー | 2006年5月26日 (金) 21時19分

[ルーシー] [2006/05/25 21:14] [URL]
> はじめまして、私も啄木に興味を持っています。
彼の後半の人生は経済的、身体的にもとても辛い状況でした。 そんな境遇から皮肉にも優れた短歌が生まれたのですね。 生前にもっと評価されてほしかったと思うと、切なくなりますが、歌壇界に不動の名声を得、これからも人々を魅了していくことでしょうね、ではまた! <

ルーシーさん
コメントとアクセス、ありがとうございます。
啄木に興味をもっていただき、今後ともよろしく。

投稿 菅野照夫 | 2006年5月27日 (土) 12時18分

 菅野照夫さん、コメントありがとうございます。 菅野さんの啄木に対しての新鮮な視点からの記事を興味深く拝見しました。
 文字通り、啄木の詳細な足跡を調べることは、彼のその都度の心境を思い描く大切な過程ですね。 私も機会があれば、啄木の歩んだ道程を勉強しようと思います。では、またお邪魔致します!

投稿 ルーシー | 2006年5月27日 (土) 13時38分

 ルーシーさん、こんにちは。

 先日は私のブログにコメントをいただきありがとうございます。
 
 啄木と言えば、最近青柳町の居住地跡に行ってきました。残念ながら、本当に何も残ってないですね。

 ルーシーさんはビートルズにも造詣が深いのですね。文章も上手で、書いてあることがすんなりと頭に入ってきます。今はあまり聞きませんが、私もだい好きでした。 最近では通勤時にANYTIME AT ALLのさびが何度も頭を駆け巡り、困ってしまいました。
 
 今後とも、よろしくご贔屓のほどよろしくお願いいたします。
 
 

 
 

投稿 函館山 | 2006年5月28日 (日) 11時01分

コメントとTB、ありがとうございました。

石川啄木はお隣の岩手県出身ということもあり、記念館に行ったり、歌集を読んだりしたものです。
数年前、どこかの資料館で啄木の資料を眺めながら、自分が啄木の年齢を越していたことに気づき、ちょっとショックでした。

投稿 はじめまして | 2006年5月28日 (日) 11時48分

すいません。↑の記事、名前のところにタイトルを入れてしまいましたTOT

こんなおまぬけな人間ですが、どうぞよろしくお願いします。

投稿 ヒロ子 | 2006年5月28日 (日) 11時50分

 函館山さん、コメントありがとうございます。

 青柳町は函館公園の近くと伺いました~、私も啄木の住んだ町を辿りたいと思っています。 ただ、おっしゃるとおり現在は「啄木居住地跡」という表示があるだけだそうで、残念ながら欧米と違って保存の大切さ~という認識が日本の行政にはなかなか・・・・・

 ビートルズお好きなんですね~、「エニィタ~イム・アット・オォ~ッ!」(笑)というジョンのセミシャウトはインパクトありますよね~いい声です、ホント! ~ではまたお邪魔致します!

投稿 ルーシー | 2006年5月28日 (日) 15時25分

 ヒロ子さん、コメントありがとうございます。

 新撰組ばかりか、啄木にも関心をお持ちなんですね~、ところで、ヒロ子さんのサイトの記事にもあるように、確かに私の記憶でも教科書には新撰組についてはほとんどふれていなかったと思います。(現在は分かりませんが・・・)

 一体どういう観点からそうなっているのか興味もありますね~、「戊辰戦争」としてまとめられていた感じでしたね~たしか。
 いろいろなカテゴリーがおありのようですし、またお邪魔しますね~!

投稿 ルーシー | 2006年5月28日 (日) 15時37分

ルーシーさんこんばんは。
いつもコメントありがとうございます。
私もルーシーさんのようにスラスラ書ければよいのですが・・・なかなか思うように筆がはこばず、コメントをお返しするまでに時間がかかってしまいます。(ToT)
石川啄木もそうですが、昔の芸術家(絵画も含めて)ってどうしてみんな生前は貧乏なんですかね。
ほとんどの人が亡くなってから、売れてますよね。
外国の絵描きさんなんかもそうですが、もうちょっと早く買ってやれよ!ってつい思ってしまいます。
でも、不幸だからこそ良い作品ができるのかな?とも思いますね。

投稿 indoor-mama | 2006年5月29日 (月) 01時00分

 indoor-mamaさん、いつもコメントありがとうございます。
 そうですね~芸術家は没後評価される場合が多く、後世の我々からすると歯がゆいばかりです。

 音楽家のチャイコフスキーのように、創作活動をサポートしてくれる人物とめぐり逢える人もいれば、才能があっても経済的に困窮し埋没していく場合(後者が残念ながら多い気が・・・)と、両極端な芸術の世界。
 一見、華やかな世界であっても、その裏に見え隠れする「悲哀」を作者が存命のうちに見出せる感性を我々も磨きたいところですね~。

 またお邪魔致します~!

投稿 ルーシー | 2006年5月29日 (月) 03時02分

ルーシーさん、おはようございます。
いつもコメントありがとうございます。
盛岡へ行くとき、4号線から外れて旧玉山村の裏道を通るのですが、「石川啄木生家跡」だったかな、そんな感じの道案内が出ています。こんど記事にしてみます。うちの数少ない土器コレクションも、載せますので、ぜひまたいらしてください。では。

投稿 ともりん | 2006年5月31日 (水) 09時56分

 ともりんさん、コメントありがとうございます。
 先月ですが、石川啄木記念館に行って来ました。 館内は明治の雰囲気をかもし出していて、当時のオルガンなどもあり感慨に浸ってきました。 
 先ほどともりんさんのサイトの「土器コレクション」見てきましたよ~! 珍品(?)もあり楽しめました。 もしも、また偶然に出土しましたら記事にして下さいね~、ではまた伺います!

投稿 ルーシー | 2006年5月31日 (水) 17時21分

ルーシーさん、おはようございます。
トラックバックは、うまくいかなかったようです。
御所野遺跡は、4号線を青森に向かって進むと、右手にあります。町民に、無料入場券が配られたのだけれど、まだ行ったことはありません。
週末に、東京の方へ行く用事があるので、時間があれば、新選組に関係があるところを、見てきたいと思っています。
ルーシーさんに、聞いてみたいこととかあるけど、次の機会にします。では、また近いうちに!

投稿 ともりん | 2006年6月 1日 (木) 10時07分

 ともりんさん、コメントありがとうございます。
 トラック・バックはまたあとで挑戦してみますね。 御所野遺跡には近いうちに行ってみようと思ってます
。 
 東京に行くんですね~、私も若いうちは都内に住んでいましたが、年を重ねると(笑)田舎暮らしがいいなぁ~と思うようになりましたね。 たまに買い物やイべントなどで小旅行的には行ってもいいかなとは思いますが。
 
 聞きたいことですか? なんでしょう~答えられる範囲でしたらなんなりと~(笑)
 では気を付けて行って来て下さいね!

投稿 ルーシー | 2006年6月 1日 (木) 21時00分

 ルーシーさんこんにちわ。教えて戴いた「慟哭」「待ちぼうけの家」に申し込ませて戴きました。昨日。久しぶりに秋葉原に出かけました。筑波特急が開通してから、見る見るうちに街が変わりました。ラジオ街とか電気街は昔の話しになって、若い女性も多くなり、又、ジャンク通りも☆お帰りなさい。ご主人様☆と言う若いメィドが、ビラを配り、ポッチャリした美人のタルドルとか言う(ぽっちゃりした樽の様なアィドル)に若者が群がっていました。 又、ペンシルビルの狭い階段も若者で一杯でしたが、此処は美少女のフィギャを求める若者でした。パソコンショツプも前ほどでなく、一時出ていた大きなHDDのパソコンテレビもXPが又、変わるとかのニユースの為か、陰も少なくなっていました。癒しのギャルも相変わらずですが、ジャンク通りを、目を輝かせて歩いている若者も少なくなって、寧ろ中高年者が多かったのには驚きましたが、団塊の世代の現れなのでしょうか?ヨドバシカメラは相変わらず混んでいましたが、その他のラジオ会館は何時もの勢いは無かった様に感じました。矢張り時代ですかぇ~其れでは又・・・・先ず、お知らせまで、

投稿 黄昏呆助 | 2006年6月 4日 (日) 15時59分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。

 「慟哭」は戦争体験からの詩集ということで、呆助さんにもご紹介させて頂きましたが、ご注文されたそうで何よりです。とても丁寧で深みのある詩集ですよ~。

 秋葉原は若い頃よく行ってましたね~、もう東北に越してからは都内へはとんと行っておりません(笑)。 友人に会いに行く予定がありますので、夏頃しばらくぶりに行きたいと思っています。
 今はやりの「メイド・カフェ」などはもうついていけないです~(笑)。わざわざご連絡ありがとうございました。~ではまたお邪魔致します!

投稿 ルーシー | 2006年6月 4日 (日) 21時42分

 ルーシーさんコメント有り難う御座います。この処、「平成の眠りを覚ますミサイルが7発飛んで夜も眠れず」の状態で仲間のメールが飛び交ってコメントが遅れて申し訳ありません。「ナポレオン展」はルーシーさんのおっしゃる通りで御座います。只、ベルバラのオスカルでしか知らない無知な私には、ナポレオン展の重厚な絵画の中でマリーアントワネットが断頭台の露と消える命の寸前に、黒い喪服の痛ましい姿を書いた小さな絵画に、運命に翻弄された王妃の事が忘れられない想いで、ナポレオン展を後にしました。 

投稿 黄昏呆助 | 2006年7月 7日 (金) 01時19分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。

 そうですね、寝耳に水(?)の7発ですね・・・「軍事訓練の一環」などと居直っているようですが、度を越すと「瀬戸際外交」どころかますます立場をなくすだけだと思いますが・・・全く何を考えているのか分かりません。 緊張をつくり出し、世界を不安にさせて楽しいのでしょうか。

 ナポレオン展のような催しがこちら(東北)ではなかなか機会に恵まれません、こういった時にはやはり関東や都市周辺が便がいいですね、羨ましいです~では、またお邪魔したいと思います!

投稿 ルーシー | 2006年7月 7日 (金) 01時55分

 ルーシーさんご無沙汰しました。m(_ _)m
☆Typepad.comの障害により本ブログにてご案内が遅れておりました。☆
☆7月11日(火)14時から行われていたココログのメンテナンス作業は、当初の予定☆よりも若干早く7月13日(木)13時30分に終了いたしました。☆
☆このたびは約2日間にも渡るメンテナンスで、大変ご迷惑をおかけいたしました。☆


いゃ~此れには驚きました。「よさこい祭り」は札幌が発祥と聞いたので、書きましたが、高知の様でした。m(_ _)m
其の「よさこい祭り」の 投稿をしようと、ブログに書き込みを始めたら突然。ブログが開かなくなり、設定が壊れたのか?と青くなりブログ仲間にメールで聞くと、矢張り同じとの事でした。
 早速、ニフティココログ検索で、コメントを開きましたら重い々・・・開かない・・・(^^;)金返せ・・とのクレームのコメントが72。その他の項目も同じ様な状態のコメントの列。仕方ないので、ブログを中止していましたが、11日~13日までとは、メンテナンスも余りにも長いので、其れからは割り切って、苦情のコメントを楽しみました。
 12日のコメントでは、ミサイルの事など関係なくて、コメント発信者同士のいがみ合いが始まり、輪を掛けて広がり、お互いに非難のコメント広場ては、ナポレオン?の戦いの様相で、今までのメールと違いこんな事は初めて!(^^)!なので、お陰様でさらに楽しめました。(^O^)
 今日。ブログを開いたら直っていましたので、コメントを開いたらご苦労さん々・・・ありがとさん!(^^)!・・・のコメントばかりで、あのコメントの騒ぎは何だったのか?と首をかしげましたが、人間なんて勝手な者と思いました。と言う言い訳で、コメントが遅れて申し訳ありませんでした。m(_ _)m・・・・・


投稿 黄昏呆助 | 2006年7月16日 (日) 06時36分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。

 なにやらそういったことがあったと私もちらっと伺いました~、メンテナンスはいろいろと大変らしく、こういったシステムのトラブルは多いのでしょうね~。

 ただ、やはりサービスとして運営されている以上はユーザーも要求は厳しくなるのが常ですし、管理の重要性がさらに高くなっていくと思いますね~、先日のナポレオンのダヴィットの絵についてのコメントもありがとうございました。
 ではこれからも宜しくお願い致します!

投稿 ルーシー | 2006年7月16日 (日) 09時18分

はじめまして。
急に暇ができ、「啄木」でネットサーフィンしてたどり着きました。

「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」「人といふ人のこころに一人づつ囚人がいてうめくかなしさ」など、青春の日に切なくなる歌が一杯思い出される歌人でした。もうすごい中年になりましたが、今も日々折々に胸に浮かんできてしまいます。素敵な解説有難うございました。

投稿 ときめきらり | 2006年7月16日 (日) 17時09分

 ときめきらり さん、コメントありがとうございます。

 たしか「不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心」は、岩手公園の歌碑でしたか~とても純粋で、当時の将来への期待と開放的な思春期を詠んだ名句だと思います~、「ふるさとの~」と並んで有名な句ですね! 私も大好きな歌です。

 ネットサーフィンからの訪問ありがとうございます、これからもどうぞ宜しくお願い致します!

投稿 ルーシー | 2006年7月17日 (月) 17時35分

トラバ ありがとうございます

啄木 いいですね。。。。。


ひとたび汝が声心の絃に添ふや、

地の人百たり人為の埒を超えて、

天馬のたかぶり、血を吐く愛の叫び、

自由の精気を、耀く霊の影を

あつめし瞳に涯なき涯を望み、

黄金の光を歴史に染めて行ける。

彫る名はさびたれ、かしこに、ここの丘に、

墓碣、──をしへのかたみを我は仰ぐ。

投稿 彩工房 花 | 2006年8月 4日 (金) 08時20分

  彩工房 花さん、コメント&トラバありがとうございます。

 石川啄木はやはり「一握の砂」でしょうね~詠み易く、だから切なくもなります。
先日、盛岡方面へ行った時に啄木生家を通りました。 啄木を慕う方々がいらしてゆっくり眺めていたようでした、いまだに遠方からもいらっしゃるようで、彼の人気の高さをあらためて感じましたね~。

 私のブログをリンクして頂きありがとうございます~早速、花さんのサイトもリンク致しました~今後とも宜しくお願い致しますね!

投稿 ルーシー | 2006年8月 4日 (金) 20時41分

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