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 戦艦大和

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 昨日は切なくてどうしても記事に出来なかった「戦艦大和」について載せたいと思います。 最近は映画「男たちの大和」の影響もあり、大和が静かにですが注目されていますね。 もちろん私も戦争を知らない世代、と言うよりまだまだ若造なのですが、歴史に興味がありそれなりに勉強していくと、どうしても近代史の中で日中戦争と太平洋戦争には戸惑い?のような切ない何ともし難い感情が湧き起こります。 

 それは、日本の歴史の中ではつい最近の事ですし、敗戦や原爆といった生々しい記憶が体験していない私にも伝わっているからだと思います。 

 友人の祖父がある有名な戦艦に乗り戦ったという話を聞いたことがありました。 生前その方は戦争については多くを語らず、友人もまた敢えて聞こうとはしなかったそうですが、その戦艦の話だけは少し話してくれたことがあったそうです。 当時は日本というお国のため、残してきた家族のために命をかけて出撃し、必ず勝つ、勝てると信じて疑わなかったといいます。 そして仲間達の戦死を何度も目の当たりにし、終戦を迎え生き残ったことに申し訳なさ、悔しさ、虚しさを覚えたそうです。 

 今の私たちには想像も出来ない時代背景を生きた方の生の言葉は深く重いものですが、戦争の悲惨さを語り伝え、二度と起こしてはいけない戒め、教訓として我々も目覚め続けなければいけないと思うのです。 

 今回は海軍の象徴でもあった戦艦大和を取り上げたいと思います。 昭和16年に開戦してからすぐ、極秘にされた大和は静かに竣工しました。 日露戦争での勝利から大鑑巨砲主義は定着し、その巨大戦艦は海軍の象徴となるまでに時間はかかりませんでした。 しかし、真珠湾で空からの奇襲攻撃に成功した日本軍は、時代は航空機へ移行したことを皮肉にも連合軍側(特にアメリカ)に証明してしまったのでした。 その瞬間から誕生したばかりの大和は過去の産物化してしまった・・・・・ 暗雲は開戦時、いや開戦前の国連脱退から既に始まっていたのです。 

 当時世界最大の46センチの主砲を持つ大和の出番はなかなかなく、ようやく19年のマリアナ沖、レイテ沖海戦でわずかにその巨砲を轟かせますが、戦績は目立ってはいません。 しかしそれでも大和は海軍の象徴として戦意高揚のシンボルであり続けました。 それから一億特攻の先陣を切るように命を受け、最期の沖縄特攻へ向かったのです。 

 そして今から61年前の昭和20年4月7日午後2時すぎ、アメリカの数百機の猛攻、魚雷攻撃を受け、大和は撃沈されました・・・・・3000名とも言われる尊い命とともに・・・・・

 もちろんこの戦争では大和に限らず幾多の戦場で人命が失われました。 戦後戦地から帰国したある方の手記で、(日本は敗戦から学ばなくてはいけない、目覚めなくてはいけない、人命と平和の尊さを訴えなくてはいけない~)という内容を拝見し、涙が溢れました。 今も世界のどこかでさまざまな理由で戦争や紛争は起きています。 過去のこれらの重すぎるほど苦い経験を活かさない限り、本当の意味での戦没者の慰霊にはなりません。 ここに、御霊のご冥福をお祈り致します。
   

 
今日はジョン・レノンのソロ曲ですが、この曲しか思い浮かびません・・・・・

 ☆  Imagine.    (敢えて紹介する必要もありませんね~、その詩とメロディーは人類の永遠のテーマである愛と平和を唄っています)

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歴史」カテゴリの記事

コメント

あなたの文章力と、絵のうまさは、すばらしいですね。きっとブログもすらすら書いておられることでしょう。私はこのコメント書くのですら、精一杯です。とりあえず、感心した気持ちを伝えようとコメント書きました。これからもすばらしいブログ続けていってください。

投稿: indoor-mama | 2006年4月 8日 (土) 23時04分

 indoor-mamaさんこんばんは、いえいえそんな・・・勿体無いほどのお褒めのコメントありがとうございます! 私も文章構成には四苦八苦?していますよ~。 それよりもindoor-mamaさんのブログもそうですが、サイトにもお邪魔して驚きました! 浅く広くの私には(笑)とても勉強になる歴史の専門サイトですねぇ~! 私も空海(弘法大師)にはとても興味があります。
 これからも度々修行も兼ねて!?寄らせて頂きますので、どうぞ宜しくお願い致します!

投稿: ルーシー | 2006年4月 9日 (日) 00時32分

こんにちは♪
TBありがとうございました。
イラストを拝見していたら映画で大和が総攻撃を受けるシーンを思い出してしまいました。
あの戦争にかかわった方がまだ生きているこの時代に、もっといろんな経験談を聞きたいな~と思っています。
ご本人達にとってはあの時代を振り返ることは辛すぎて口を閉ざされる方も多いでしょうけれど、これからの次代を担って行く私たちは過ちを繰り返さないように学んでいかねばなりませんね~。

投稿: ミチ | 2006年4月 9日 (日) 22時35分

ルーシーさん、はじめまして・・・。
TB&コメントもありがとう。
僕はまだこの映画は見てないのですよ。
去年の12月に公開されて、そろそろ発売日が決まるのを首を長くして待っています。
出るたら必ず見ようと思っています。
いつのなるのかな?
僕も昔からビートルズも大好きなのでまら寄らせていただきます。

投稿: satoshi | 2006年4月 9日 (日) 22時35分

 ミチさん、コメントありがとうございます。おっしゃるとおりですね。 戦争体験された方々が高齢化している現在、直接お話を伺う機会は難しくなっています。 ですが、戦争関連の多くの本や手記を読むことは、単純ではありますがこれからもすぐ実践出来る方法として私も学んでいきたいと思います。
 これからもよろしくお願いしますね~。

投稿: ルーシー | 2006年4月10日 (月) 03時50分

 satoshiさん、コメントありがとうです。そうですね、この映画が発売されたら私もまた見たいと思います。 日本映画にしかない戦争へのアプローチ、表現を感じた作品でしたね。
 ビートルズ好きですか!嬉しいですね。また是非寄って下さいね!

投稿: ルーシー | 2006年4月10日 (月) 03時57分

TBとコメントありがとうございました☆
かなり昔の記事を発見されてびっくりしました!嬉しいです。

私も、戦争については考えさせられます。日本は今平和が当たり前で人の命の大切さなどの基本的なことを忘れてきているような気がします。
そんな状況の中でこの映画が上演されて、戦争をしらない世代に訴えかけるものがあったように感じました。

投稿: ピヨ | 2006年4月11日 (火) 11時49分

 ピヨさん、こんにちは。コメントありがとうございます。古い?記事でもいい内容にはどんどん共感しますよ~! ピヨさんの記事の文章表現は柔らかく温かい感じがして参考になりますね。
 これからも素敵な記事期待します、宜しくお願いしますね!

投稿: ルーシー | 2006年4月12日 (水) 09時34分

コメントありがとうございます。
あまりに絵がうまいんでびっくりしました。
ツェッペリンの絵はライブの迫力があり、感動ものですね。

戦艦大和は、本当にいたたまれない話ですね。
何であんな戦争しちゃったのか、日本人は本当はもっと
考えなきゃいけない。
今はそういうことについて、日本が率先してアメリカに
一言言ってやらないといけない時なのに。

投稿: 占い師の滋夢童 | 2006年4月14日 (金) 07時35分

 滋夢童さん、コメントありがとうございます。 小生の拙いイラストまで褒めて頂き嬉しいです! 依頼されて描く場合もありますが、私なりに心を込めて(?)描いておりますので、何かしら伝わって頂けますと本望です、ホント。
 滋夢童さんもツェッペリンやビートルズは聴かれるんですか? 嬉しいですね~。 私も体調が万全になり次第、またいろいろな歴史の考察も記事にしてみたいと思ってます、どうぞ宜しく!

投稿: ルーシー | 2006年4月14日 (金) 20時28分

戦艦大和読ませて戴きました。東京空襲で、焼夷弾の油脂で少女が焼かれ母親が素手で油脂の火を消すために火を払い、其の母親の手が火だるまになって、皆で母親の身体に打つツタ火をけしましたが、少女の命は天国に召されていました。又、私の親友も東京空襲で、500k爆弾の直撃で消えて、廻りの板に肉片と服の切れ端だけとなり、目の前からきえました。其れは今でもトラウマとなっています。今の時代からは考えられません。

投稿: 黄昏呆助 | 2006年5月28日 (日) 17時00分

戦艦大和読ませて戴きましたが、大和も大変でした。東京空襲でも、369、000発の無差別爆撃で、焼夷弾の油脂で幼女が焼かれ母親が素手で、油脂の火を消すために火を払い、其の母親の手が火だるまになって、皆で母親の身体に移つた火をけしましたが、悲しいかな、幼女の命は天国に召されていました。又、私の親友も東京空襲で、500k爆弾の直撃で消えて、廻りの板に肉片と服の切れ端だけとなり、目の前から消えました。其れは今でもトラウマとなっています。今の時代からは考えられません。

投稿: 黄昏呆助 | 2006年5月28日 (日) 17時13分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございました。
 大変貴重な、そして悲しすぎる戦争の記憶・・・載せて頂きまして感謝申し上げます。

 そのような生々しい手記にふれる機会が、残念ながら年々減っている事実に私も危惧しています。 マスコミや自治体など、もっと関連番組を組み、また戦争についての企画や展示を増やすなどして絶えず発信していかなければいけないはずです。 (まして、現在の国際状況を考えるとなおさらです)

 テレビでは、毎年夏になると特集を組んだりはしていますが、それはあたかも一時期のみの恒例行事的に映るほどです。 御遺族や体験された多くの方々にとって、本当の意味で戦争は終わってはいない、と何かの番組で伺ったことがありました。

 戦争を単に過去にあった事実として扱わず、後世の世に正確に伝え、教訓として「風化させない」ことが、今の我々にできる最も当然な義務であると感じます。

 呆助さんのサイトの記事をいくつか拝見させて頂きました~。 その中で特に、「啄木」はもちろん、「与謝野夫妻」や「樋口一葉」の記述を興味深く拝見致しました。これからもどうぞ宜しくお願い致します。

投稿: ルーシー | 2006年5月28日 (日) 18時05分

定かでないが、6~7年前程であらうか?、(^^;) さる介護施設を訪問の折り、ラバウルで兵士として、戦ったと言う戦歴の老人がいたが、其の元兵士は、夜に成ると「さらばラバウルょ♪」と歌い出して騒ぎはじめます。其処では広場で、星形にベットを集めて、夜勤の介護師さんの目が届くようにします。看護師さんの話では、例の元日本兵は大声で「さらばラバウルょ♪」と歌って突然。「敵機来襲」と叫ぶそうです。消灯の時間になり、看護師さんは老兵士に、敵弾に当たったと言いながら、お腹の辺りを指でさしますと、何と!(^^)! 「天皇陛下万歳」と叫んで目を瞑り、静かに寝るのですょ。と笑いながら話して呉れましたが、此の人の様に歳を取って施設に入っても、特に戦友の戦死の事は忘れられない様で、涙を流して話しますが、あの戦争は何だったのしょうか?と話してくれました。戦争とは、「若者が死に、年寄りと、女子供が泣く」と言はれていますが、戦争とは、勝った方にも負けた方にも、双方に責任があるもので、勝てば官軍と言はれて、其の責任はうやむやの様です。

投稿: 黄昏呆助 | 2006年6月 1日 (木) 02時24分

 黄昏呆助さん、コメントありがとうございます。
 まさに、仰るとおりですね。 戦争には勝者はいないと思います。 太平等戦争ももちろん、ベトナム戦争やさきの湾岸戦争とイラク戦争でも、帰国した兵士の中には今も数多くの精神的な問題を抱えている人達が存在し、社会問題のひとつにもなっているそうです。

 さまざまな理由で戦争に至ったのでしょうが、一般市民からすると、他にもっと戦争を回避出来る手段はなかったのか、と言われても仕方ないのです。

 太平洋戦争に関してはいろいろな意見が今でも議論されていますが、戦前からのアメリカの一枚も二枚も上のシナリオに、日本はなす術がなかったのかも知れません。 また、物量の差だけではなく、技術的にも情報力やレーダーでの実践攻撃など長期化すればするほど日本は苦しくなったんですね。

 山本五十六元帥の考えた短期決戦で講和へ~という戦略思想があのミッドウェー海戦を境に難しくなってしまい・・・・・もちろん、他の見かたや意見もあると思いますが、きちんとした検証はこれからも続けられることでしょう。 
 

投稿: ルーシー | 2006年6月 1日 (木) 20時50分

こんばんは
この度は私のブログへのコメントありがどうございました。
記事読ませていただきました。
今の学生はどうなのかわかんないのですが、私が学生の頃(約20年前)の日本史の授業では、明治維新以降の近代史、特に太平洋戦争辺りの時代は詳しく教えてもらっていない。何故なんでしょうね。この時代の真実の歴史を知ることが、今の日本人には必要ではないかど思うのです。
私の住む町「広島」にはもうひとつ「原爆」というテーマがあります。当時の惨状を語る体験者が少なくなっています。私の祖父も被爆者でしたが、既に故人です。

投稿: アトムの子 | 2006年6月 8日 (木) 00時21分

 アトムの子さん、コメントありがとうございます。

 私もそう言えば、当時は授業で太平洋戦争についてはほとんど教えてもらってはいませんでした。 どういった指導方針からなのか、確かに飛鳥~平安~鎌倉~戦国時代~江戸といった記憶しかないのです。 

 つい最近の大切な出来事であるあの戦争についての解釈や誤解が多いのは、そういった指導体制も一因でしょうね。 歴史から学ぶというより、試験の暗記物の教材にされているようで悲しい限りです・・・。

 果たして「戦後」は終わったのでしょうか~、また伺いますね! 

投稿: ルーシー | 2006年6月 8日 (木) 02時38分

お初にお邪魔します。先日は私のブログにコメントありがとうございました。

敗戦後しばらくの間、連合軍による占領政策の一貫で、日本人の戦争に対する認識をコントロールするための情報統制が行われました。
それによって多くの日本人が、原爆投下までも日本の自業自得と思わされるようになって今に至っています。
だからって、今更アメリカ等を非難しようなんていうのじゃないですけどね、そんなの日本の美意識に合わないし。
ただ、日本人だけが海より深く反省し続けても充分でないかもしれない。それをするなら、むしろ世界に対して「おまいら、もっと命を大切にしろ!平和は尊いぞ!」と叫ばないといけないかも。

映画「男たちのYAMATO」も、占領政策の影響から未だ逃れられていないな、という気はしました。でも一部の評論では「軍国主義の美化だ」なんていうのもあって驚きました。人により見方は違うものですねえ。
原作はもっとバランスが良くて、きめ細かな取材がされている力作ですが、大和の元乗組員が書いた「戦艦大和ノ最期」もお勧めしたいです。

できるだけ、現在知ることのできる多方面の情報にふれて、なるべくクリアな視界を探りながら考えたいものだ、と私は思っています。

投稿: michio.com | 2006年7月27日 (木) 23時44分

 michio.comさん、コメントありがとうございます。

 丁寧で分かりやすいお考えは、それだけで多方面からの冷静な考察と伺えますね~。
 
 戦後の教育もあり、日本人の戦争に対する半ば自虐的な反省は、たしかに行き過ぎの側面でしたが、裏を返せば世界に向けて二度と戦争を起こさない不戦の誓いを、戦後60年という歳月で実践していた~ということを静かに主張していたのでしょう~。

 しかし、やはり今の国際情勢、国際社会の中では、沈黙の主張と表面に実践する主張のセットでの意思表示も必要になると思います。

 それぞれの主張は仕方のないことですが、お互いが歩み寄る考えを持つだけでも世界は少しずつ変わっていくのかも知れませんね~。

 では、また素敵な絵を時折拝見しに伺いたいと思います~では、どうぞ宜しくお願い致します! 

投稿: ルーシー | 2006年7月28日 (金) 00時00分

やっと「男たちの大和/YAMATO」を見ましたよ。
最初に大和が出てきたときは声が出ましたよ。
映画としては、当時では考えられないようなキャラも出てきましたが、戦争のことを少しでも聞かされてる人、子供の頃に大和に憧れた人にとってはかなり来る映画ですね。
久しぶりにかなりウルウルになりましたよ。
戦争を全く知らない世代の方にも是非にでも見ていただきたい映画です。

投稿: satoshi | 2006年8月18日 (金) 18時21分

  satoshiさん、コメントありがとうございます。

そうでしたか~「男たちの大和」を観られたんですね! とても感動されたことが、satoshiさんの記事からも伝わりました。映画でさえ壮絶でさまざまな切ないドラマがありましたが、最近大和の元乗組員の方の手記を図書館で読む機会があり、当時の凄惨な実情を知るにあたりとても悲しくなりました。 
 実際の大和の最後の闘いでは、戦闘機が近づきすぎてほぼ主砲を撃てなかったことが悔しかった・・・など、乗組員の方でしか感じられなかった生々しい証言があり、涙が溢れました。

 >戦争を全く知らない世代の方にも是非にでも見ていただきたい映画です

 まさに私の世代も含めて観ていただきたい作品ですね~私事ですが、仕事が忙しくなりしばらく記事の更新が難しくなりました・・・また落ち着きましたら再開いたしますので、今後ともよろしくお願い致します。

 

投稿: ルーシー | 2006年8月18日 (金) 20時52分

ルーシーさん こんばんは

この映画は、まだ観ておりませんが、知り合いの兄さんが大和に最年少で乗り合わせました。14才だったそうです。
ルーシーさんのブログは一つ一つの記事が、よ~くお調べになって書かれていますね。しかも解りやすいので、とても参考になります。
トラックバックしてくださったので、この記事にたどり着けました。ありがとうございました。

投稿: kimama | 2006年10月11日 (水) 00時25分

 kimamaさん、コメントありがとうございます。

 先日のkimamaさんの記事に触発されまして、以前の私の「大和」の記事を思い出しトラバさせて頂きました。

そうですか、14歳で大和へ乗船された方がいたなんて驚きです。 それほど、当時は敗戦色が濃くなっていた時期なのでしょう。
映画の激戦シーンでもとても凄惨な光景が描かれていましたが、やはり、手記などを拝見するともっと生々しい現実がそこにはあったそうです・・・
 戦争を起こすのは人間ですが、起こさないようにするのもやはり人間しかいないのですね。

 これからも機会がありましたら、kimamaさんのサイトでも戦争関連記事をよろしくお願い致しますね~!

投稿: ルーシー | 2006年10月11日 (水) 22時18分

ルーシーさん

少し恐いrokoで~~~す!!!(怒)(T◇T)
大和の記事もあったんですね~~遅らばせながら
TBさせて頂きました。
大和ミュージアムや大和の映画を観てから・・・
思えば戦記BLOGの道に嵌りました。
ちなみに、私は中岡 慎太郎ファンでーす♪
カウプレ・・・(T◇T)し・しゅごい・・・
出来ればROKOは、ルーシーさんのサイン入り色紙が欲しいなぁ~~(笑)

真面目に・・・戦争は人倫に悖る修羅の道です(;へ:)

投稿: roko | 2006年11月17日 (金) 21時51分

 おやっ?優しいrokoさんではありませんか(笑)

トラバ先の2つの記事拝見しました~さすが、思い入れの強い記事のようでかなり詳細でしたね、勉強になります!

 大和はご存知のとおり、あの主砲を持つわりには実にコンパクトに造られました。
当時の日本の造船技術もまた突出していましたね。残念ながら情報力や物資の大差も敗因のひとつでした。戦争はいかんです・・・

 中岡 慎太郎ファンですか~なんかrokoさんはそんな感じがしますね。当時は龍馬よりも危険人物扱いされていたようですし、かなりの実力者でしたね。

 サインですか、スペル間違わないかなぁ~って、欧米かっ! (笑)

投稿: ルーシー | 2006年11月17日 (金) 22時31分

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